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雑感

邪馬台国と女王 卑弥呼

邪馬台国と女王卑弥呼

(その7の2)

 

2021.03.06

萩原行政書士事務所

 

 

 3.天武天皇の即位

大海人皇子は、出雲系の力を頼りに挙兵を計画、同時に大和系の人々の助成を前提としたので、名張の抵抗は予定外の事であったが、伊勢神宮に参拝して大和系の協力を得ることに成功。

 

4世紀以降、天武以前は「純粋大和政権」、天武により始めて出雲系の支持を得た天皇が誕生。大和系の支持も受けている。

天武天皇誕生は、大和系と出雲系両方の協力を得た当時の情勢では革命的な出来事であった。出雲でも大和でもない「和(倭)をもって」という聖徳太子が願ったであろう天皇が誕生したと考えることも可能です。

 

――出雲と大和の間に永く深く存在していた軋轢を解消させるとともに、倭国ではなく日本として成立する基本的条件ができた。

――天智の百濟派兵、「白村江の大敗」が天武の誕生を見たことは、国際情勢下の倭国を考えさせ、国家としての自我を目覚めさせたと言えよう。

天武即位は日本が日本として成立する条件が整ったともみることができる。

――軍事力によって権力を手にした天武の天皇制は、権力の象徴ではなく、明らかに異なる性格(王としての性格)を持っていた。

701年、大宝律令。国号を日本とした。

 

 

Ⅴ 終章

 

一 日本書紀編纂の歴史的背景

二 政権の正統性

三 日本書紀編纂の命題と具体的方法

 

古事記・日本書紀は、神武天皇の即位すなわち日本の建国を紀元前660年前とした

これは、今から約2,700年前後の出雲への中国・朝鮮半島からの渡来の時期にあたります。

 

記・紀は冒頭に出雲神話を記述、大和政権が以前は出雲政権であったことを認めている。

記・紀を編纂した8世紀の大和政権は、出雲を「根の堅洲国」として歴史の中では完全に埋没させている。出雲を「都から遠く離れた未開の田舎」として埋没させている原因は?

 

今日はここまでです

次回をお楽しみに!

 

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東京都世田谷区在住

萩原行政書士事務所

行政書士 萩原伸一

E-mail: visa.hagi@gmail.com

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邪馬台国と女王卑弥呼

(その7の1)

 

2021.03.04

萩原行政書士事務所

 

六 天武天皇(大海人皇子)について

 1.天智天皇と天武天皇

645年7月10日、中大兄皇子と中臣(のちに藤原)鎌足は蘇我入鹿を暗殺し、蘇我氏を滅ぼします(乙巳の変→大化の改新へ)。

日本書紀 蘇我氏が天皇しか許されないヤツラの舞を舞ったから滅ぼされた。

     つまり蘇我氏勢力があまりにも強大になったため暗殺された。

 

蘇我氏の大勢力形成を恐れた大和政権と百濟系の勢力が蘇我氏(出雲から新羅系)を滅ぼし、結果的に倭国は百濟に味方して朝鮮半島に派兵するという白村江の戦いに臨むも唐・新羅軍に大敗する。

<7世紀朝鮮半島では高句麗、新羅、百濟の三国が互いに争う状況。中国隋朝では高句麗遠征に何度も失敗している経験から、唐では新羅と同盟を組んで高句麗を征服し、もって半島を支配しようとたくらんでいた。白村江の戦いは、唐と新羅の同盟軍が強敵高句麗をやっつけるための手始めに百済の征服を狙ったもの。倭国は百濟の救援に向かい、半島のごたごたに巻き込まれてしまった。>

 

  • 歴代天皇家の菩提寺 京都「泉湧寺」では、天武系の9人の天皇(天武、持統、文武、元明、元正、聖武、孝謙、淳仁、称徳)の位牌が除外されている由。

天智天皇の死後、クーデターによって権力を奪取し天武天皇となった大海人皇子の出自の謎や何かが位牌除外の理由なのかどうか、素人には興味の尽きないところです。

 

 

 2.壬申の乱と大海人皇子(天武天皇)

672年天智天皇の死後、6月22日大海人皇子は領地の美濃に使者を派遣し、近江朝と東国の連絡を遮断するためのちの不破の関の封鎖を指示。

2日後に吉野を出発、伊賀から鈴鹿へ、桑名から不破関ヶ原に到着。

6月27日本営を置き、7月23日大友皇子(天智天皇の第1皇子)と対峙、大友皇子の自決により勝利が確定、翌年673年2月大海人皇子は飛鳥浄御原宮を作り、天武天皇として即位。

この乱では出雲系の多くの人々が大海人皇子に味方し、吉野から不破への道中に伊勢神宮へ参拝。近隣の伊賀・熊野・伊勢、その他大和系の豪族の信を得ることに成功した。

大和系豪族は大海人皇子を支持していたわけではなく、不安や疑念を持っていたが伊勢神宮参拝によりこれが解消した。

 

――天武朝と新羅使節との交流状況を見ると、両者間ではいかにも親密な関係にあったかが垣間見える。

――壬申の乱と倭建命

  大海人皇子が兵を募り挙兵した地域は、美濃や尾張を含めてかって倭建命が活躍した地域。大海人皇子は倭建命とその軍団の末裔が多く存在するこの地域の勢力を大きな拠り所として挙兵。人々もまた近江朝廷への不満(663年の白村江の敗戦など)から参戦、味方したものと考えられる。

 

今日はここまでです。

ではまたお会いしましょう

 

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邪馬台国と女王卑弥呼

(その6)

 

2021.03.01

萩原行政書士事務所

 

 

Ⅳ 四世紀初頭から8世紀初頭までの歴史アラカルト

 

一 前方後円墳の時代

 

二 継体天皇~~「プレ大和政権」から大和政権の誕生、天皇制について

継体天皇:

507年即位。大和政権スタート。しかし、出雲勢力との確執もあり、都入りは20年後となる。天皇の称号は初めてなのでこの意味では初代天皇ともいえる。

 

プレ大和政権:

崇神天皇(第10代)から武烈天皇(第25代)までと考えられる。

出雲の青銅器文化に対して、プレ大和政権は鉄の輸入とその利用を強力に推し進め勢力を強める。

 

天皇制について:

日本の皇室は軍事制圧によらずむしろ争いを避けるために誕生した。

天皇は権力を持たず、国の象徴であった。

天皇の下に実質的な権力行使者が存在するという二重構造が日本という国の特殊性です。

 

三 九州磐井の乱

〇日本書紀「527年新羅に奪われた土地(南加羅等)を奪還するために出発したが、新羅の意を受けた筑紫国造・磐井がこれを妨害、激しい戦闘のあと磐井軍は敗れ去った。」

 

〇乱の原因

北部九州は古代より朝鮮半島南部とは共通の一つの文化圏を形成していたので、自らの本貫の地、故郷の地を百濟へ割譲したことに耐えられなかった。

 

〇大和政権の目標・目的

「朝鮮南部奪還」はあくまで口実で、大和政権(継体朝)に対する反乱を抑えるための争いだった。

 

四 丁未(ていび)の乱

日本書紀「587年、物部守屋が蘇我氏・厩戸皇子らに滅ぼされた。」

表面上、乱の原因は、廃仏派(物部氏)と崇仏派(蘇我氏)との争い。

実際は、継体天皇以降の現状維持を考える大和政権や蘇我氏に対し、大連(軍事を束ねる役職)として勢力を伸ばしていた守屋は出雲のより以上の復権を目指して強くこれを前面に出した(物部一族は出雲系)。

 

五 聖徳太子(厩戸皇子)

日本書紀 仏教の振興、中国(隋)と対等に交流、17条憲法、冠位12階を制定。 

「和を以って貴しと為す」とは、和は倭の意味で出雲でも大和でもない。

「倭(国)を以って貴しと為す」とも解釈できる。

 

 

今回はここまでです

次回をお楽しみに!

 

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邪馬台国と女王卑弥呼

(その5)

 

2021.02.25

萩原行政書士事務所

 

 

三 狗奴国(くなこく)について

位置

邪馬台国の南に位置する。

 

本質

邪馬台国と対立する勢力であった。

 

渡来人の上陸

出雲とプレ大和政権は卑弥呼共立という契約が可能になりましたが、狗奴国(九州南部)と北部九州との間では両者ともに争いを止めることはできなかった。

その理由としては、狗奴国の侵攻先が北部九州(朝鮮系が主体)であったためと考えられます。

 

狗奴国の滅亡と倭建命(日本武尊=日本書紀の表記)

魏志倭人伝は狗奴国、古事記・日本書紀は狗奴の一族(クナゾク)=クマソと呼んだ。

熊襲の滅亡は即ち狗奴国の滅亡と言える。

狗奴国制圧は、邪馬台国の2代目女王台与の指示と考えられる。台与の晩年(300年前後)、北部九州(伊都国や奴国)から狗奴国の侵攻が訴えられるも、卑弥呼の晩年のように中国に仲裁・説得を期待することはできず(265年魏の後継政権である晋の内紛、いわゆる「八王の乱」による混乱のため)、台与の指示により倭建命(ヤマトタケルノミコト)が派遣されたのではないか。

 

今日はここまでです

ではまたお会いしましょう


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邪馬台国と女王卑弥呼

(その4)

 

2021.02.22

萩原行政書士事務所

 

二 卑弥呼(ひみこ)・台与(とよ)の時代

〇卑弥呼

邪馬台国の建設:

邪馬台国の支配地域は、北部九州+出雲+北陸+プレ大和政権で、人口は7万余戸。

邪馬台国と対立した狗奴国を除く。

 

出雲の首都機能移転:

出雲は日本海弥生文化圏の中心である。出雲の勢力を軸に近畿地方に拠点を移していく。この事業は後の大和政権でも出雲排除はできなかったほど出雲は大きな勢力を有していた。後々まで出雲と大和の確執が続く「源」がこの時に出来上がった。

 

伊都国の創設:

邪馬台国が外国との交渉窓口として九州に設置した。

卑弥呼女王直轄で中国・朝鮮半島との輸出入管理を任務とした。

当時は鉄の輸入が最重要輸入品目です。未だ青銅器中心の時代でしたから鉄は貴重品。

 

中国との外交関係:

西暦238年(景初26月、支配者公孫淵の滅亡は景初28月なので、倭国から中国への朝貢はなく、2396月とするのが一致した学説)

中国に使者派遣、親魏倭王卑弥呼の金印紫綬、銅鏡100枚、拝受。

 

240年 帯方郡より詔書・印綬を奉じて使者が来る。

243年 中国に使者派遣。

245年 倭の難升米に黄幢を賜う

247年 中国に使者派遣、狗奴国の侵攻を報告。中国は撞史長政を派遣。

    その後約40年間、中国への卑弥呼朝貢の記録なし。

    理由は、燕の公孫氏一族が魏の帯方郡を支配していたため卑弥呼は朝貢ができなかった。つまり、中国側の楽浪郡・帯方郡の事情であった。

 

――楽浪郡(BC108AC313):衛氏朝鮮を滅ぼした漢により平壌卑近に設置された。

189年 遼東の太守、公孫度は朝鮮半島へ進出。後漢の衰退に伴い、自らの支配下に置く。

204年 公孫度の後継者 公孫康は南方の韓・濊族を討ち楽浪郡南半分を併せて帯方郡として設置。

228年 公孫康の子の公孫淵は、公孫恭(公孫康の弟)の地位を奪取。魏の承認を受け、遼東太守に。

237年 魏からの独立を目指し、「燕王」と宣言。楽浪郡、帯方郡は燕に属す。

238年 魏は公孫淵を滅ぼし、楽浪郡・帯方郡を再び統治。

265年 魏の滅亡に伴い、晋が支配。

313年 高句麗により楽浪郡・帯方郡ともに滅亡。

 

 

卑弥呼の死:

暗殺説もあるが長寿であったので病気か老衰で亡くなったと考えるのが妥当でしょう。

暗殺説については、他の書籍に詳しく記述されているので、後述したいと思います。

 

〇台与

女王卑弥呼の後継者

台与は13歳で擁立される(247~250年頃)。

卑弥呼のあと男王を立てるも出雲を中心とする古き渡来とプレ大和政権との実質的な権力争いが発生し、結局、台与擁立となった。

このことは、この時期にはいまだ出雲の勢力がプレ大和政権より勝っていたという証左でもあると考えられる。

 

266年 倭の女王(台与?)朝貢す。

魏の滅亡(265年)により新たに成立した晋への台与の挨拶と考えられる。

これ以降413年から始まる「倭の五王」による朝貢まで約150年弱、倭国の状況を示す資料が皆無となっている。

 

台与の後継者は、天照大神のお付きの神様にあたる豊受大御神で天照大神の食事等の世話をする女中的な役割・立場であった。

プレ大和政権の下では軍事を含む実質的な権力を持たず政治的には傀儡となっている。

出雲を凌ぎ鉄と文化的優位を有したプレ大和政権が、少しずつ実権を握る流れと自然になってきていた。


今日はここまでです

次回をお楽しみに!

ではまたお会いしましょう

 

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邪馬台国と女王卑弥呼

(その3)

 

2021.02.16

萩原行政書士事務所

 

Ⅱ 「倭国・乱」直前(2世紀中葉)の倭国~~出雲

倭国・乱とは、中国(後漢)の衰退により多くの難民が国外に流出して、朝鮮半島から倭国へも流入したことにより、この時の難民である新しき渡来人と既存の勢力である出雲中心の弥生文化圏(古き渡来人)との間で争いが起こった。遺伝的にも本貫の地を同じくする同族間の争いであることに気づいた両勢力は、話し合いによって統合の象徴としての卑弥呼を女王に立てて共存・共栄する道を模索した。

 

Ⅲ 魏志倭人伝における日本の古代

一 「倭国・乱」について~~卑弥呼共立が示すもの

 180年代後半から190年代前半

 

〇「倭国・乱」:神武東征譚

この時代の「倭国・乱」については、神武東征譚としても語り伝えられている。

その流れを大まかに説明すると、次のようになる。

 

新しき渡来(中国衰退に起因する難民)の流入⇒日本海(出雲や北陸などの古き渡来勢力との争いで)上陸失敗⇒関門海峡を通り⇒瀬戸内海を東上⇒吉備で8年(古事記)、山越えしてきた出雲に敗北し、吉備脱出⇒第1次長髄彦との争いに敗れ⇒紀伊半島を南下⇒熊野に上陸、吉野を経由し第2次長髄彦との争いに勝利⇒出雲との停戦協議、協定締結⇒卑弥呼共立へ動く(180年代後半)⇒邪馬台国建設(女王卑弥呼の即位、190年代初頭)

 

〇倭国・乱の結果

渡来人の第1グループと第4グループの合併、邪馬台国の建設、卑弥呼政権の誕生。

後に第2グループが参入、女王に統属し30か国の女王国が成立する。

3グループはそのまま自主独立で九州南部(狗奴国)に存在した。

 

今日はここまで

では、またお会いしましょう

 

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邪馬台国と女王卑弥呼

(その2)

 

2021.02.10

萩原行政書士事務所

 

 

今日はこのテーマを記事とするうえで参考とした1冊の本からご案内しますので、一緒に古代日本に向けてタイムスリップしていきましょう。

 

主たる参考図書は、著者:畠茂喜、「魏志倭人伝と日本の古代史(出雲から大和、そして日本へ)」、林誠の森書房、です。

 

畠氏は邪馬台国・近畿説を支持しており、魏志倭人伝は方角の誤りであるとの説をとっていて、九州説は距離(日数)の問題を解決すべしとの立場で記述しています。

 

Ⅰ 「倭国・乱」以前の倭国

 一 弥生時代

縄文時代は狩猟・採集が中心といえますが、約6,000年前(時代は縄文中・後期)に稲作をしていた証拠があった。とはいえ、これは焼き畑で、陸稲であった。

日本の弥生時代は、約3,000年前の水稲稲作が始まった頃で、人々は狩猟採集から定住に移行してきている。

 

二 渡来について

古代日本への渡来人は中国・朝鮮半島や南方地域からやって来ていますが、日本史に渡来の跡を残す主な人々を挙げれば、大きく4グループに分けることができます。

 

1グループ:出雲から北陸までの日本海沿岸及び畿内一円(銅鐸文化圏)。

古き渡来人といわれ2,600~3,000年前に日本に弥生時代をもたらした出雲を中心とする人々。

2グループ:北部九州(奴国を中心として壱岐・対馬・狗邪韓国も含める)。

3グループ:九州南部(狗奴国と想定する地域)。第3グループは新旧の中間の渡来人。日本海上陸に失敗し、関門海峡を通過し南下して日向あたりで上陸。

 

4グループ:新しき渡来人の流入です。大和政権を立てる直前の勢力となった人々であって「プレ大和政権」ともいえる勢力。第4グループの流入により「倭国・乱」が発生している。

〇北陸:

2,700年前、日本海を渡って北陸地方に渡来した人々は。古代高句麗の末裔?

今でも北陸には上越とか中越とか「越」と言われている地域がある。

〇北部九州:

朝鮮半島南部からは北部九州へ渡来してきている。

半島南部と北部九州との交流は昔から盛んであり、一大文化圏を構成していた。

ユダヤ系渡来人なども多くはこの経路で渡来してきている。

〇出雲:

出雲への渡来は主に新羅系

アマテラスの女神に嫌われたスサノオの逃避先の国は出雲と言われている。

また、出雲の勢力を味方にして政権を奪取した天武天皇の系譜が、天智天皇の系統から嫌われていると感じているのですが、そのように思うのは私だけでしょうか。

確かに日本の歴史は、文化の発達度合いから見ると、先進技術を持つ渡来人の力を吸収したことにより発展した北部九州と出雲地方から始まり近畿地方の大和に統一政権が成立してきた経緯がありますので、日本の天皇の系譜が大和政権から本格的に始まることを考えると出雲の勢力が近畿の大和政権に無視されスルーされがちなのは人間の感情としてみれば容易に想像できることです。なにせ歴史は勝者の物語と言われますので。

〇大和政権:

近畿地方への渡来の影響は主に百濟からで、百済からの渡来は大和に入り、大和政権の中枢に協力して大いに貢献した。

その影響力も大きく、倭国が半島の南部地域の内の一部を支配していた時もあるが、大和政権の下では「白村江の戦」で百濟を救援した大和政権にとって唐・新羅連合軍との戦いに敗れる(歴史上日本の敗戦は、白村江と太平洋戦争の2度)などの禍根も残している。

 

渡来人の言語:

アジアの東端にある日本に、水田農法による米作りや先進的な技術と文化によって定住したもので、本貫の地は中国東北部です。中国、朝鮮半島にはSVO形式の言語文法を持つ人々もいるが、倭人は日本語文法(SOV形式をもつ言語)を持っている。

 

今日はここまでです。

ではまたお会いしましょう!

 
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邪馬台国と女王卑弥呼

(その1)

 

2021.02.05

萩原行政書士事務所

 

はじめに

日本の古代史に興味を持ったのは、邪馬台国はどこにあったのかという論争に目を止めたことが始まりで、このシリーズを描くきっかけとなりました。

興味を惹かれて心の赴くままに色々な情報に接し、その度に備忘録を残していたことから、気が付いてみれば長編の記事を掲載することとなってしまいました。

 

萩原行政書士事務所の掲載記事をご愛読の皆様には、ご迷惑かとも思いますが、最後までお付き合いいただければ有り難く思います。

なお、感想やコメントを頂けますと記事投稿の励みにもなりますので、よろしくお願いいたします。

 

日本の古代はどうなっていたのか?

最初の頃は日本人のルーツ探しと言った感じで、日本の神話と古事記・日本書紀に興味を持つようになりました。

記・紀は、日本の古代史を初めて文字に残した書物ですし、日本の神話はおとぎ話みたいで軽いノリで楽しめるのではないかと、単純に考えていました。

 

でも、古事記や日本書紀の案内本を見てみるとそうでもないように感じ、何冊かの本を読み進めるうちに、日本の神話は単なるおとぎ話で終わっているのではない。

これは、もしかして日本における古代の歴史をオブラートに包んで過去に起こった出来事を現代まで言い伝えているのかもしれない、と考えるようになってきたのです。

 

まるでギリシャ神話に出てくる伝説の都市、ホメロスの叙事詩イリアスに書かれたトロイア戦争の話を信じて、トルコの地にトロイア遺跡を発掘したシュリーマンのように。伝説の神話は歴史上の事実だったことを思い出させてくれます。

 

そう言った観点からみると、日本の神話も単なるおとぎ話ではなく、古代日本に起きた出来事を歴史として暗示しているのではないか、と思いながら楽しいひとときを過ごしてきました。

楽しい時間はなるべく長く続けたいという思いもあって、邪馬台国の本題に入る前に前座として、「日本の神話と古事記・日本書紀」という記事をまず始めに書き上げ、シリーズ全7話のお話として既にアップしておりますので、ご覧いただけますと幸いです。

 

今回はここまでです。

次回またお会いできることを楽しみにしています。

ではまた

 

明治維新

明治維新(17)

 

 

ここで話を明治維新とイギリスに戻します。

 

明治維新は、イギリスのアジア戦略の上にあると言えます。

イギリスが、インドと中国で多くのイギリス人将兵を失い、かつ、自国のお金を使い学んだことは、一言でいうなれば、

「自国の人間を犠牲にするより賢いことは、他国の人間に戦わせること」です。

そこから導き出されたアイデアは、

「日本国内にテロリストを養成して、その連中に戦わせよう。武器や作戦はこちらで供給するから内戦を起こさせよう」ということではないでしょうか。

 

イギリスはこれまでの力による単純な植民地支配から、侵略すべき対象の国によっては日本の例のように、まず内乱を起こさせて片方の勢力に軍事的な援助をすることによって当該国を支配するという目的を果たすべく戦略を世界の各地で取るようになります。

 

砲艦外交は自国の犠牲も多く余り特にはならないという状況下では、少し戦術を変えて賢く状況に対応するようになったわけですが、イギリスの覇権主義という基本方針が変わったわけではありません。

 

今回はここまでです。

 

2021.01.24

萩原行政書士事務所

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明治維新(16)

 

 

<Ⅹ. 欧米列強の日本進出>

 

忍び寄る欧米列強による日本進出は、イギリスの例を見てもわかるように、圧倒的な軍事力と財力にものを言わせて日本を従属させ、ひいては植民地化して日本から金銀を搾取することでした。

 

でも結果論から言えば、インドや清国のように植民地化するという砲艦外交は日本に対してはうまくいきませんでした。

 

それらの事情はこれまで縷々触れてきましたので、読者の皆様は十分に理解されておられるでしょう。

 

ここでもう一度振り返って見ますと、

維新の風雲児である坂本龍馬

坂本龍馬の例をとっても見当がつくのですが、維新の歴史には語られていないお金の話です。

あれほど動き回った彼の行動を可能にしたお金を誰が出したのか?

明治維新を起こすためのお金は誰が出したの!!

これまでの維新の歴史では、この点は全くというほど触れられていません。

 

政治・経済・社会といった関係からおこる問題で分からない時は、お金の動いた道を追いかけろ、そうすれば色々なことがわかると言われます。

 

維新の志士たちが武器を仕入れていたのは、長崎のトーマス・グラバーという人物からです。

彼はジャーディン・マセソン商会の長崎支店長にでした。

ジャーディン・マセソンは、中国の広東で会社を立ち上げ、第1次アヘン戦争の影の仕掛人で、責任者でもありました。

 

グラバー邸には隠し部屋があってグラバーの奥さんである蝶々さんの寝室部屋の二階の天井から隠し梯子で中に入るようになっていたようです。

 

蝶々さんとは、プッチーニのオペラで有名な「蝶々夫人」のモデルではないかともいわれています。

 

この隠し部屋が発見されたのは現代に入ってからで、それまでその部屋の存在は知られていませんでした。

 

幕末、脱藩の浪士が国中を追われて逃げ延びた先は長崎で、不思議なことに長崎に行った後には行方不明になっていましたから、その理由が、間違いなくこの隠し部屋に匿われていたということから明らかになりました。

 

坂本龍馬は長崎で亀山社中(50~60人の兵からなる私立の海軍)のちの海援隊を組織し、大量の武器を薩摩の名義で買い、当時鉄砲や大砲を買えなかった長州のためにこれらの武器を長州に運んであげ、薩摩と長州の同盟ができました。

 

坂本龍馬はグラバーを通じて大量の武器・弾薬、軍艦や輸送船を調達しましたが、グラバーは母国のスコットランドに注文を出して軍艦を作ってもらい日本まで運び込んでいます。

 

これだけ巨額のお金を出したのはだれか、

竜馬ではない、長崎支店長のグラバーでもお金がない、

ではグラバーのバックにいたジャーディン・マセソンか?

それとも琉球との砂糖密貿易で儲けている薩摩藩か?

 

坂本龍馬は「新政府綱領八策」を起草し、維新が今まさに成功しようとしている時に1867年11月に暗殺されます。

時を同じくして高杉晋作も結核の病で、明治維新の夜明け直前、1867年4月に亡くなりました。

 

竜馬の「新政府綱領八策」における概念は、いわゆる国民国家体制を念頭に置いているものとみられ、穏やかな権力移譲を考える竜馬と、武力討幕と旧権力の排除にこだわる薩摩の維新推進派では意見の相違がみられていたが、その考え方に賛同しがたい勢力(佐幕派か、はたまた尊皇派の仲間によるものか、色々な勢力が考えられます)による暗殺実行ともみられています。

 

私は実行犯はだれであれ龍馬暗殺の背景には、仲間による竜馬排除の論理が働いたのではないか、とみています。

 

というのも、暗殺場所である京都の近江屋は竜馬の出身である土佐藩邸の近くで、暗殺の時に一緒にいた中岡慎太郎は即死せず、数日存命していたにもかかわらず、真実は公表されずに藪の中となっていますから。

中岡は自分自身が目撃した暗殺犯から容易に背後の暗殺勢力について見当を付けていたのではないでしょうか。

仮にその勢力が仲間内であったとしたならば、彼が数日存命中に発した証言は世間には知られたくない隠したいことでしょうから、当然もみ消されて闇に葬られることとなるでしょう。

 

暗殺者が反対派の佐幕派ならすぐに公にされていたはずです。

維新の推進派にとっては格好の攻撃目標になりますから、佐幕派が犯人ならこの事件を利用しない手はないでしょう。本当の犯人は佐幕派ではなく、裏で糸を引いていて事実を隠しておきたい勢力だったのではないかと推測します。

 

また、竜馬排除の論理は、維新の成功が目前のタイミングで竜馬が起草した新政府の在り方について、竜馬の考え方(国民国家の体制は今では当たり前のように受け止められますが)、に、ついていけない維新推進派の中の勢力が導いた排除の結論ではなかったかとも考えられます。

 

今回はここまでです。

 

2020.12.20

萩原行政書士事務所

 
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明治維新(15)

――――――――――――――――――――――

 

<Ⅸ. イギリスが香港に巨大銀行を設立した理由>

 

この時代、欧米列強によるアジア進出すなわち植民地化の動きの波は極めて激しく、イギリスは諸外国が槍や弓で戦っていた時代にライフルや鉄砲と軍艦を持っていて、中国の清とのアヘン戦争でも莫大な賠償金(今のお金にして約10兆円)を得て、手に入れた香港には「香港上海銀行」を設立しました。

 

何故銀行を設立したかというと、アヘン戦争の賠償金とアヘン密輸で手にした純銀を船で運んでいると危険なことから、香港に銀行を設立して電信為替で送金するために作られました。

この銀行設立にお金を出したのが、イギリスのロスチャイルドやジャーディン・マセソンとインドのサッスーンでした。

 

インドの植民地支配や中国・清とのアヘン戦争で味を占めたイギリスは、弱いお金持ちの国を探して、その国の金銀を巻き上げる。そういう考え方にどっぷりと浸ってしまい、次なるうまい汁を求めて日本にやってくるのです。

 

 

ここでちょっと余談です。

 

日本が1894年から1895年に日清戦争をしていますが、この当時の清国の兵は戦うつもりがほとんどなかった。というのも大半の人々がアヘン漬けで早く家へ戻ってアヘンを吸ってのんびり平和に暮らしたいからです。

 

ところが日本の将兵は、それを見て「シナは弱い」と勘違いしてしまいました。

1895年の下関条約にサインした時から、ずっと中国を舐めてきたきらいがあります。

 

以下参考情報です。

 

〇香港上海銀行

HSBC

The Hong Kong and Shanghai Banking Corporation

 

アヘン戦争後に香港で創設。正式な発足は、香港会社法による18653月とされる。1866年には日本支店を横浜に設立し、明治政府の新円発行に協力した。

その際に作られた20円金貨は主に貿易に用いられ、8割が海外に流出したとされる。

 

〇ロスチャイルド

ヨーロッパの財閥、貴族。

ロマノフ家をはじめ、多くの王族との間に血縁関係があり、広範なビジネスコネクションを持つ。ちなみにアヘンの2大商社であるサッスーン商会もロスチャイルド家と血縁関係を持ち、ジャーディン・マセソンはロスチャイルド系商社である。

 

今回はここまでです。

 

2020.12.05

萩原行政書士事務所

 
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明治維新(14)

  

<Ⅷ. 明治維新の歴史も勝者の物語!>

 

明治維新の歴史は勝者となった薩摩と長州を中心として書き記されているようで、薩長史観とも言われます。

 

今、なぜか反薩長史観の本が人気を呼んでいますが、その中から新潟県方面で起こった北越戊辰戦争について触れてみます。

 

なぜこのような話をするかというと、北越戊辰戦争は明治新政府が触れたくない(隠したい)事件だからです。

 

何故隠したいのか、それは、

家老の河井継之助が率いる長岡藩を中心に奥羽越列藩同盟軍は、3か月にもわたって新政府軍を苦しめた事実で、

後に明治政府の重鎮となった山縣有朋らにとって不名誉な出来事であって決して誇るべき勝利ではなかったからと言えるでしょう。

 

前後7回の激戦において新政府軍が勝ったのは1回だけと言われていますし、新政府軍が敗れたある戦いでは、西園寺公望は馬の背を逆に乗って遁走したり、山縣有朋は裸で逃げたと伝えられています。

 

また、慶応4(1868)年52日の長岡藩と新政府軍との会談は、両者が決裂する象徴的なものとなりました。

 

これは、長岡藩家老の河井と新政府軍軍艦の岩村清一郎との会見で、

土佐藩の岩村は後に長州人から「軽率で無思慮」とまで言われ、腰の軽い血気盛んな人物のようでした。

弱冠24歳の岩村は総督の西園寺公望、長州の山縣有朋、薩摩の黒田清隆らに従って越後に進撃していて、先頭部隊の現場責任者であったようです。

 

この岩村が傲岸不遜で新政府軍の司令官(?)として会見に臨んでしまったために、まとまりそうな話も壊れてしまいました。

結果、長岡藩は会津と手を結ぶことを決意して会見決裂の翌々日には、奥羽越列藩同盟に参加し、河井の指揮のもと熾烈な激戦が始まります。

 

この時の新政府軍の総兵力は3万、奥羽越列藩同盟軍の総兵力は8千人、そのうち長岡藩はたったの1,500人でした。

また、長岡藩の表高は74000石の小藩であったのに対し、薩摩藩72万石、長州藩37万石の大藩で、かような状況下で戦が始まったことになります。

 

こうして新政府軍側にとっても無益ともいえる戦が始まってしまったのであって、この会談がうまくまとまればこのような結果にはならなかったでしょう。

この点について、当時新潟方面の最高責任者として現場近くにいた長州の山縣有朋や薩摩の黒田清隆は、後に「岩村に代わって会見していれば(河井の器量がわかったはずで)円満に解決していただろう」という趣旨のことを語ったようです。

 

このような経過をたどった北越戊辰戦争については、明治維新後あまり語られることはありませんでした。

というのも勝者の明治新政府にとっては誇るべき勝利とは言い難く、この戦に直接参加していた長州の重鎮である山縣有朋から見ればプライドに傷がつく不名誉な結果であったからでしょう。

 

では、どうして北越戊辰戦争が世の中に知られるようになったのか。

一つ考えられるのは、作家の司馬遼太郎が河井継之助にスポットを当てた小説「峠」を書いたことにより、これが世の中に広く知られる結果となったということです。

 

かくして勝者の歴史も年月を経て、隠したい不都合な事情も含めて事実として表面に現れてきます。

 

今回はここまでです。

次回の掲載をお楽しみに
またお会いしましょう! 

2020.12.01

萩原行政書士事務所

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明治維新(13)

  

(4)馬関戦争と奇兵隊創設

 

文久3年(1863年)510日、幕府の攘夷実行期限が来ると、長州藩は関門海峡において外国船砲撃を行うが、逆に米仏の反撃にあい惨敗する(下関事件)。

 

同年6月、奇兵隊を結成。3か月後の9月には教法寺事件(藩立の武士中心に編成されている報国隊と新参者の農民を中心に編成された晋作の奇兵隊に係わるトラブル)の責任を問われ奇兵隊の総監を罷免される。

 

同年、京都では薩摩藩と会津藩の公武合体派によるクーデター(818日の政変)で、尊王攘夷派の長州藩は京都から追放される。

 

18641月、晋作は脱藩して京都に潜伏する。2月、桂小五郎の説得で帰郷するも脱藩の罪で投獄され、6月には出所して謹慎処分となる。

 

同年7月、長州藩は、禁門の変(蛤御門の変)で敗北を喫し朝敵となる。この時久坂玄瑞は自害。

 

18648月、馬関戦争。英・仏・蘭・米による四か国連合艦隊が下関を砲撃、砲台が占拠されると、晋作は赦免されて和議交渉を任される。晋作24歳。

 

この交渉において晋作はほぼすべての提示条件を受け入れたが、外国船砲撃は幕府の命に従ったまでであると主張し賠償金は幕府が支払うこととなったほか、「彦島の租借」要求については頑として受け入れようとせず、結局要求を取り下げさせることに成功した。

 

これは清国での見聞を経験した晋作が「領土の期限付き租借」の意味するところは植民地化であると見抜いていたからであることは容易に想像がつく。

 

 

 

 

 

(5)第1次長州征伐と高杉晋作による功山寺の挙兵

 

1864年、幕府は、長州藩による京都での禁門の変(7月)や攘夷決行に伴う馬関戦争(8月)を踏まえて、長州藩を懲らしめるために11月に第1次長州征伐を行う。

 

一方、長州藩では、当初、幕府への恭順やむなしとする保守派(晋作は「俗論派」と呼び、自らを「正義派」と称した。俗論派とは幾分奇異に感じる呼称だが、歴史の勝者は正義派と称されるいわゆる攘夷派であったことは忘れてはならないでしょう。)が台頭し、10月に晋作は福岡へ逃れるも、正義派家老の処刑を聞き、再び下関へ帰還。

 

1215日夜、無謀にもたった一人で行動開始。

何故1215日か検証するも、特に大義名分はなく、あえて言えば赤穂浪士の討ち入りの日であったことだろうか。晋作の行動は無謀にもほどがあり、余りにも行き当たりばったり的な行動であった。

 

歴史の勝者としてみれば、時宜を見極めた瞬時の天才的な判断だったと言えるのかも知れないが・・・

 

なにはともかく、伊藤俊輔(博文)率いる力士隊、石川小五郎率いる遊撃隊らを率いて功山寺で挙兵、後に奇兵隊も加わり、18653月には俗論派を排斥して藩の実権を握る。

 

同月、晋作は長崎でイギリス商人グラバーと接触するが、反対される。

 

4月には下関開港を推し進め、攘夷・俗論両派に命を狙われ四国に逃れ、6月、桂小五郎の斡旋により帰郷。

 

1865年、晋作は高杉家を廃嫡され、藩命により谷潜蔵と改名する。

 

(6)第2次長州征伐(四境戦争)

 

18661月、晋作が桂小五郎・井上聞多・伊藤俊輔らと共に進めていた薩長同盟が土佐藩の坂本龍馬・中岡慎太郎らの仲介によって締結される。

 

同年5月、薩摩行の途次、長崎で蒸気船「丙寅丸」を購入。

(この蒸気船購入資金は誰が出したのか?長崎で購入しているが、一体だれが保証して船の入手を可能にしたのか?船を売った側は何を目論んでいたのであろうか?)

 

6月、幕府による第2次長州征伐(四境戦争)では、晋作は海軍総督として「丙寅丸」に乗船し戦闘指揮をとった。この時、薩摩藩は薩長同盟の盟約もあり、長州征伐への出兵は拒否している。

 

晋作の長州軍は周防大島沖で幕府艦隊を夜襲、周防大島を奪還している。

 

小倉方面では艦砲射撃の援護の下、奇兵隊・報国隊を門司・田ノ浦に上陸させ幕府軍を敗走させている。

 

その後小倉城近くまで進撃したが、肥後藩細川家の近代兵器による装備をした軍勢に撃退され戦況は停滞した。

 

720日、将軍徳川家茂が死去したことにより、同月30日には肥後藩・久留米藩・柳川藩・唐津藩・中津藩が撤兵、幕府軍総督小笠原長行は海路で小倉から離脱、残された小倉藩は翌日城に火を放ち逃走して幕府軍の敗北が決定的となった。

 

これにより幕府の権威は失墜し翌慶応3年(1867年)11月の大政奉還へと時代は大きく激動する。

 

晋作は肺結核で療養中であったが、1867517日に、まるで大仕事をやり遂げた如くにこの世を去る。

 

今回はここまでです。

 

2020.11.10

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明治維新(12)

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2.高杉晋作・長州藩と欧米列強

ここまでは、まず薩摩藩とイギリスについて見てきました。

薩摩藩がどのような経緯で攘夷から(討幕)開国へと方向転換をすることとなったのか、

その辺の背景や事情について、ある程度見当がついたことと思います。

 

次に、長州藩についてですが、

ここでは、高杉晋作に視点をあてて同人の生涯と所属する長州藩の当時の動向について、更には同人の生きた時代の欧米列強とのかかわりに触れ、長州藩が馬関戦争(18648月)を経験して攘夷から(討幕)開国へと方向を転換していく状況を見ていきたいと思います。

 

(1)誕生

高杉晋作は、天保10年(1839年)長門の国 萩に生まれ、慶応三年(1867年)満27歳で没しています。

1857年に吉田松陰の主宰する松下村塾に入り、翌年には藩命で江戸へ遊学。

1859年 松陰が安政の大獄で捕らえられると伝馬町の獄中の師を見舞い世話をするが、藩命により萩に戻る途中の10月に松陰処刑される。

1860年 帰郷後、防長一の美人と言われた井上平右衛門の次女まさと結婚。

 

(2)留学

1861年、藩の軍艦「丙辰丸」で江戸へ渡る。東北遊学をし、18625月、幕府使節随行員として五代友厚らとともに上海へ渡航、清の太平天国の乱や清が欧米の植民地となりつつある実情を見聞して7月帰国。

 

(3)尊王攘夷運動

桂小五郎(木戸孝允)や久坂義助(玄瑞)らとともに尊王攘夷運動に加わり、江戸・京都において各藩の志士たちと交流。

1862年、外国公使を刺殺しようと同志と相談するも、これが露見して藩から制止され桜田邸内に謹慎させられる。

文久21212日英国公使館焼き討ちを行う。

藩ではこれらの過激な行動に幕府を恐れて晋作を江戸から召還する。

 

 

 

今回はここまでです。

 

2020.10.26

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明治維新(11)

 

 

(4)イギリスの近代兵器

英軍艦のアームストロング砲は

砲弾はしいのみ型、射程距離は4KM、日本の大砲の4倍の飛距離。

 

一方、日本の大砲は

砲弾は丸型、射程距離は1KM.

 

 

(5)薩英戦争後の関係

薩摩藩は英艦隊との戦いによって、近代兵器の威力について思い知らされ、欧米列強には勝てないことをつくづく痛感します。

 

三か月後の105日、薩英の講和交渉において、なんと薩摩藩は2.5万ポンドの賠償金支払いを受け入れ、藩主島津久光の「攘夷は不可」の命に従い、英国との協力関係の構築を申し入れます。

 

勿論、英国にとっても、日本は侮れない、武力ではなく協力関係維持で手を結ぶことにより英の国益を追求する方針としました。

こうして薩摩と英国との協力関係を構築するという講和は成立。

この後、薩摩藩は攘夷から開国・討幕の中心勢力になっていきました。

 

薩英戦争から2年後、薩摩藩から英国に留学生が派遣されます。

この留学生の中には森有礼、寺島宗則、五代友厚らがいます。

 

明治の世は薩英戦争から5年の後にやってきます。

 

今回はここまでです。

 

2020.10.15

萩原行政書士事務所

 


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明治維新(10)

 

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<Ⅶ. 薩摩・長州、薩英戦争(18637月)・馬関戦争(18648月)を経験して攘夷から(討幕)開国へ>

 

1.薩摩藩とイギリス

(1)初代駐日イギリス総領事ラザフォード・オールコック来日

18596月、日本との条約批准のためオールコック、長崎に来日。同月、品川沖に到着。

同年7月、江戸城に登城、日英修好通商条約の批准書交換。

同年特命全権公使となる。

オールコックは幕府を威圧し、威嚇外交を展開。

イギリス側の決め台詞は「大英帝国の艦隊で攻撃するぞ」と恫喝。

大英帝国は、当時世界一の軍事力を持っていた。

イギリス側の日本に知られたくない最大の弱点は、中国・インドにおける紛争激化のため、大英帝国艦隊は日本におらず中国方面にいるが、日本に来る見通しは当面なかったため、オールコックは虚勢を張り続けるだけだった。

18617月、日本側の過激派武士による英国公使館襲撃事件発生。

 

(2)生麦事件

18628月、江戸から京都へ向かう生麦において薩摩藩の島津久光一行の大名行列を通行妨害したとして英国人4人が殺傷される。

イギリスは、この件で幕府に10万ポンド、薩摩藩に2.5万ポンド(現在の価値で3億円)の巨額の賠償金を要求。

幕府は賠償金を支払うも

薩摩藩は「そもそも生麦の1件は、武門のしきたりに従ったまでの事」として譲らず、この支払いを拒否。

この時期、大英帝国艦隊は第2次アヘン戦争(アロー号事件)は終結したものの、太平天国の乱等の対処のため動けず。

英艦隊は、生麦事件から半年後にゆとりができ日本にやってくることができた。

 

(3)薩英戦争

18637月、英国はオールコックが休暇帰国により不在のため、ニール代理公使が中心となる。

英側は薩摩藩に軍艦を派遣し、賠償金の支払いを強要し直談判するための砲艦外交を展開こととした。

この際のやり取りで、英側書簡の「生麦の諸人中の長立ちを女王陛下の前で首をはぬべし」とした要求が、翻訳の問題から薩摩藩では「藩主島津久光の首を差し出せ」という要求であると誤解、薩摩藩の武士はみな大いに激高して一般の民を含めて徹底抗戦の声一色になった。

 

811日、ニール率いる英国艦隊7隻(旗艦ユーリアラス号)が鹿児島湾に到着。

英側は本気で戦争をすることは考えておらず、脅かし・威嚇するだけで十分であろうと考えていた節がある。

Show the Flag で、 ユニオンジャックの国旗を掲げることができれば、これまで相手国は屈服してきており、この時も同様に考えていたきらいがある。

その上、英本国は日本との戦争突入は避けたいと思っていて、その旨の訓令を発している。

 

ニールの乗艦した旗艦ユーリアラス号は、幕府から受け取った賠償金10万ポンドを船内に保管し鼻高々で鹿児島湾に入ったのでしょう。

さあ今度は薩摩藩から賠償金を巻き上げるぞとばかりに。

 

英艦隊は鹿児島湾に到着すると、湾内の奥深くに投錨しました。

この投錨場所は、なんと薩摩藩の砲台から見て、その射程距離の範囲内に錨をおろしてしまったのです。

英艦隊の持つアームストロング砲の射程距離は、薩摩藩の大砲の4倍も遠くに飛ぶ飛距離があったのですから、慎重であれば薩摩藩の砲弾の届かない着弾距離の外に艦隊を停泊させているはずです。

明らかに英艦隊には、敵は攻撃してこないだろうという、油断・慢心・おごりがあったといえます。

はじめの攻撃は薩摩藩の砲台からです。

英側もこれに応戦して、城下町は火の海になりましたが、

幸か不幸か、ニールの乗った旗艦に着弾して艦長と副長が戦死してしまい、撤退を余儀なくされます。

 

今回はここまでです。

 

2020.10.05

萩原行政書士事務所

 

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明治維新(9)

 

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<Ⅵ.日本の状況>

(1)ここで、江戸時代・幕末の日本のできごとを年表風に記載して、歴史を振り返って見ましょう。

 

18536月 ペリーが浦賀に来航

   7月 ロシアのプチャーチン、長崎に来航

1854年 日米和親条約、日英和親条約締結

1855年 日露和親条約締結

1857年 吉田松陰が松下村塾を開塾

    10月 ハリスが将軍に謁見

18586月 日米修好通商条約調印

       安政の大獄

18596月 横浜港開港

      横浜にジャーディン・マセソン商会横浜支店設立

    9月 トーマス・グラバー来日

   10月 吉田松陰が処刑さる

1860年 威臨丸が初の太平洋横断

   3月 桜田門外の変で井伊直弼暗殺

1861年 グラバー商会設立

1862年 高杉晋作、上海へ留学

   8月 生麦事件(江戸から京都へ向かう薩摩藩一行の通行妨害で英国人4人が殺傷される。)

18633月 後の新選組となる壬生浪士組が結成

    5月 下関事件

    5月 長州ファイブの密航とイギリス留学。ジャーディン・マセソン商会の船で

横浜を出港

(長州ファイブ:井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝))

    6月 老中小笠原長行が生麦事件の賠償金として独断で約10万ポンドをイギリスに支払う

    7月 薩英戦争

    818日の政変 会津藩・薩摩藩を中心とした公武合体派が、長州藩を主とする尊王攘夷派を京都から追放

長崎市南山手3番地にグラバー邸建築

1864年   神戸海軍操練所を幕府が設置

    6月 新選組による池田屋事件

    6月 長州ファイブのうち伊藤博文、井上門多がイギリスから急遽帰国。長州藩の攘夷中止の説得を試みるが失敗。

    7月 禁門の変(蛤御門の変)

    8月 馬関戦争。英・仏・蘭・米による四国艦隊が下関を砲撃

   11月 幕府の第1次長州征伐

   12月 高杉晋作が挙兵、長州藩の反論が討幕に統一

18653月 薩摩藩遣英使節団がイギリスに密航

       神戸海軍操練所閉鎖

夏ごろ 坂本龍馬が亀山社中を設立

18661月 薩長同盟締結

    1月 寺田屋事件。坂本龍馬暗殺未遂

    6月 第2次長州征伐。薩摩藩は出兵を拒む

       香港上海銀行・横浜支店が設立。その後神戸、大阪、長崎にも支店を開設

18671月 明治天皇即位

    4月 高杉晋作死去

    4月 坂本龍馬の脱藩が許され、亀山社中を土佐藩に付属する外郭機関として

「海援隊」と改称。岩崎弥太郎が藩命により経理を担当。

    6月 坂本龍馬、大政奉還を含む「船中八策」を提示

    7月 中岡慎太郎が陸援隊を組織

    1014日 討幕の密勅

    1014日 大政奉還

11月 坂本龍馬「新政府綱領八策」を起草

    11月 近江屋事件。坂本龍馬暗殺

12月 王政復古の大号令

18681月 「鳥羽・伏見の戦い」を契機に戊辰戦争が始まる(~1869)

    4月 江戸城無血開城

       江戸を東京と改称し、年号を明示とする

(2)幕末から維新前夜にかけての大きな流れ

〇長州藩は尊王攘夷思想を展開、改革の旗頭になる

 薩摩藩は一歩後退

〇薩摩藩が会津藩に同盟を打診、協力関係構築。

両藩は討幕ではなく公武合体の考え方で合意。これにより公武合体派が勢力を拡大

1863年 尊王攘夷派の長州藩失脚、京都から追放処分となる

〇薩摩藩と会津藩が主導権を握る

18647月 禁門の変

18648月 四国連合艦隊による攘夷派の急先鋒である下関砲撃事件

長州藩は欧米の強力な軍事力に接し、攘夷は困難と見切り、討幕へと転換する

186411月 第1次長州征伐

1866年 坂本龍馬の仲介で薩長同盟なる

これにより討幕思想が主流となる

1868年戊辰戦争勃発(幕府vs薩長)

 朝廷は薩長を支持、幕府は朝敵となる

〇会津藩鶴ヶ城陥落

〇西郷の薩摩藩は人道的に対処、長州藩は厳しく処断。

 会津は長州憎しの感情が強固なものとなる

 

今回はここまでです。

 

2020.09.18

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明治維新(8)

 

 

(2)フランス

フランスはこれまでに北アフリカ、サハラ砂漠を挟む西アフリカ一帯(セネガル・象牙海岸ほか)及びマダガスカルを確保。

 

〇アフリカ横断政策

西アフリカのセネガルから東のマダガスカル島まで、アフリカを横断して鉄道でつなぎ

その地域一帯を支配しようとしていた。

フランスのアフリカ横断政策は、イギリスの3C政策とスーダンのファショダで衝突、フランスが譲歩し、アフリカ横断支配はならなかった。

 

〇ファショダ事件

1898年、アフリカのスーダンで起こったイギリスとフランスの帝国主義国家間の衝突。

アフリカ縦断政策をとるイギリスと、アフリカ横断政策をとるフランスが、スーダンで起こした衝突事件。

フランスは当時ドレフュス事件で国内の統一が取れていない状況でもあったため、イギリスとの戦を諦めファショダをイギリスに明け渡した。この事件を最後に英仏は対立を終わらせ、協調が成立する。

 

 

(3)ドイツ

3B政策

(ベルリン~ビザンティン~バグダットのBで始まる三つの都市をつなぐ東欧から中東地域にかけての植民地化戦略)

欧州列強の植民地化競争では、後発組のドイツ。

歴史は既にポルトガル・スペインによる征服の時代からイギリス・フランスによる征服の時代に移行していて、世界は既に英・仏の両国によってそのほとんどが植民地化されてしまっています。

後発組のドイツにとっては侵略すべき国・地域が限られている状況です。

ドイツの3B政策は、当初ベルリンからバグダットを経てインドのボンベイ(現在のムンバイ)まで視野に入れていましたが、中東でイギリスの3C政策やフランスの植民地政策と衝突してしまいます。

結局これらの覇権主義国家同士の勢力争いは、政治・軍事・外交力で優位に立ったイギリスが勝ち組となります。

 

 

(4)ロシア

ロシアは、クリミヤ戦争(1853~56年)の敗北でバルカン、黒海方面での南下政策を一時棚上げせざるをえなくなった代わりに、1860年代には中央アジア方面と東アジア進出に向かった。

1870年代になってからは再び南下姿勢を強め、1877年には露土戦争に突入する。

19世紀中ごろ中国では太平天国の乱が続いていて、インドでは1857年シパーヒーの大反乱(セポイの反乱)がおこっている。

1855年、ロシアのニコライ1世はアメリカに対抗してプチャーチンを日本に派遣し開国を迫り、日露和親条約を締結している。

ロシアは1861年に起こったアメリカの南北戦争により欧州方面への警戒の必要もあり日本から後退することとなる。

 

 

(5)アメリカ

1853年ペリーの黒船来航

アメリカの日本へのペリー派遣・開国要求は、英仏がクリミヤ戦争の最中であったことも背景となっている。

 

1856年アメリカの下田総領事としてタウンゼント・ハリス着任。

ハリスは条約調印交渉に臨み、1857年日米修好通商航海条約締結。

同年アメリカの初代駐日公使に任命される。

この間、ハリスは中国におけるアロー号事件の情報を得て、幕府に対し、「イギリスが日本を侵略しようとしている」と伝える。

 

18611865年 南北戦争

アメリカは、この内戦によって海外進出どころではなくなってしまった。

 

今回はここまでです。

 

2020.09.04

萩原行政書士事務所


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明治維新(7)

 

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〇アロー号事件

1856年、イギリス(香港船籍)のアロー号に対し海賊船の嫌疑で清国の広州警察が臨検したことに始まる。

イギリスによる言い掛かりであった。

背景には、イギリスはアヘン戦争で期待した利益を上げられなかったことがあげられます。

第二次アヘン戦争ともいわれる。

 

〇太平天国の乱

185164

洪秀全がキリスト教を信じて仲間を集めて、清を倒そうとした乱。

 

 

 

以上みてきたように、当時のイギリスは世界各地に植民地を擁して、日の沈まない大帝国ではあったが、如何せんクリミヤ戦争、セポイの反乱、アヘン戦争と日本にやってくるまでに戦争続きであったことから国力も落ちてきていて更なる植民地拡大戦略は限界に近いところまで来ていたと見てよいのではないでしょうか。

 

その証拠の一つにイギリスが日本進出を目指してxxxxxx率いる大英帝国軍がやってきた時に、兵士を日本に残したまま英軍艦は全艦隊すべてがすぐに中国に向けて去ってしまっています。

この頃のイギリスは、清国とのアヘン戦争・アロー号事件・太平天国の乱に乗じる中国への侵略政策で日本に残るゆとりはなかったのでした。

 

今回はここまでです。

 

2020.08.28

萩原行政書士事務所

 

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明治維新(6)

 

――――――――――――

〇アヘン戦争

1840年、中国の清とイギリスとの間の戦争

麻薬であるアヘンが原因となったためアヘン戦争と呼ばれ、イギリスの勝利で終わる。

1842年、

清はイギリスの要求に従って香港の割譲ほか不平等とみられる南京条約を結ばされました。

(南京条約:広州・上海ほかの開港、香港の割譲、賠償金の支払い、関税自主権の喪失、領事裁判権の承認~~片務的最恵国待遇が規定された世界最初の不平等条約)

 

当初、イギリスはヨーロッパで大流行した紅茶を清から大量に輸入し、その対価をメキシコやスペインから購入した銀で支払っていました。

イギリスは清に綿織物や羊毛を売りたかったのですが、清の皇室では絹が重宝されていて、綿・毛は人気がありません。

清の要求する銀貨で払っていたわけです。

 

イギリスの東インド会社は、アジアでの貿易を245年間独占。

清国から紅茶と陶磁器をアフリカの喜望峰経由ロンドンへ船で運んでいました。

日本の緑茶はこのころあまりヨーロッパでは好まれなかったので、ある意味幸運でした。

 

こうして英国と清国との貿易は、紅茶や陶磁器の輸入が大英帝国の国庫を傾かせ、英国から銀貨が大量に流失することになってしまいました。

 

中国侵略に利用されたアヘン!

ところが、イギリスは途中から密輸品の麻薬であるアヘンを銀の代わりに支払う妙案?を思い付きます。

アヘンは、イギリス支配下の植民地であるインドでいくらでも栽培できます。

とんでもない、あきれるくらいの悪知恵と言えましょう。

 

このアヘンが不幸にも清で大ヒットとなってしまいます。

はじめのうちは、北京の紫禁城にお住いの皇帝のご側室方の媚薬でした。

当然、薬としても輸入されましたが、中国に入ってから麻薬に突然変わってしまったのです。

 

アヘンがヒットした清の国内事情については、その背景も含めしっかりと把握しておかなければいけないでしょう。

というのも、イギリスはその後日本にやって来て同じことをするはずでしたから。

 

具体的に例を挙げますと、アヘン製造にかかわったアヘン商人はユダヤ人で、イギリス系のジャーディン・マセソン商会とサッスーン商会です。

この2つの企業は、その後明治維新の頃に日本にやって来て支店を開設、イギリスの国益にかなった商業活動を始めるのです。

今では大企業としてイギリスの財閥となっています。

 

(ジャーディン・マセソン:1832年広州に設立、本社香港。スコットランド出身の元イギリス東インド会社船医で貿易商人のウィリアム・ジャーディンとジェームス・マセソンにより、設立。投資業・金融業・不動産業・建設業など幅広い事業を営む世界最大級の国際コングロマリット(複合企業)。)

 

(サッスーン商会:1832年ボンベイに設立、アヘン王、バグダッド出身のユダヤ人、ディヴィット・サッスーンにより設立。イギリスのアジア貿易に貢献し、その功績が認められ1853年にイギリス国籍を取得。息子アブドゥッラー(アルバート)はイギリスで準男爵となり、現在の財閥を形成した。)

  

そんな、こんなで、清ではアヘンの輸入量が茶の輸出量を上回り、貿易収支は赤字経済となり、今度は逆に、これまで貯めていた銀まで流出していきます。

 

事ここに至って、清も本格的に動き出し、大臣の林則徐がアヘン禁止の取り締まりに大変な活躍をします。

 

一方、イギリスは何とか口実を見つけては強力な砲艦外交を展開して中国沿岸都市を攻撃、とうとうアヘン戦争へと突入してしまいます。

 

アヘン戦争での清朝の敗北は、鎖国中の江戸幕府も知るところとなって、幕府は西洋流砲術の採用ほか軍備強化を図っていくことになります。

 

今回はここまでです。

 

2020.08.17

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明治維新(5)

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2.19世紀後半から20世紀前半の欧州列強の植民地政策、アジアへの進出

 

(1)イギリス

〇 3C政策

(南アフリカのケープタウン~エジプトのカイロ~インドのカルカッタのCで始まる三つの都市を鉄道でつなぐ植民地化の世界戦略)

 

イギリスは、これまでにケープタウン、カイロ、カルカッタの都市を支配していて、ドイツが参入してきた19世紀後半には、これら3つの点に鉄道をつなぎ線から面としてこの地帯の支配を確立しようとしていた。

 

 

〇クリミヤ戦争

185356年、ロシア対オスマン帝国の戦い。イギリスとフランスがオスマン帝国を支援。ロシアが敗れる。

オスマン帝国(トルコ)の弱体化に伴ってロシアは南下政策を強め、クリミヤ半島を戦場として戦争となった。

 

26歳で砲兵少尉として参加したロシアのトルストイは、この時の体験をもとに文学作品「セヴァスト―ポリ」を残している。

この時イギリスの看護婦ナイティンゲールが参加していて、近代看護の創始者と言われる働きを行った。

 

 

〇セポイの反乱

185759年、イギリスの東インド会社インド人傭兵シパーヒーの反乱から始まり、全インドに広がったイギリスに対する民族独立のための闘争。

反乱軍はムガル帝国の皇帝を担ぎ出し反乱に正当性を持たせたため、多くの民衆が参加し、ヒンズー教徒とムスリムもともに参加した。

東インド会社は前年の反乱が集結していたイランや太平天国の乱が下火になっていた中国から軍隊を補強して鎮圧にあたる。

反乱軍は民族的な戦いとはなったが、立ち上がった各地の領主・兵士・農民に組織的な連携がなく、近代装備を持つ東インド会社軍に鎮圧されてしまった。

鎮圧軍はようやくデリーを制圧、ムガル帝国皇帝は逃亡したが捕らえられビルマに流刑された。

これによってムガル帝国は名実ともに滅亡した。

さらに1年以上続いた各地の農民反乱は18591月に鎮圧され終息した。

 

イギリスではインド人傭兵のシパーヒーが起こした偶発的な出来事であることを強調し、民族反乱、独立戦争であったことを隠ぺいする意図もあって、シパーヒーの反乱(日本ではセポイの反乱)と呼ばれている。

現在では、インド独立戦争、1857年インド大反乱と定義されるようになっている。

 

今回はここまでです。

 

2020.08.11

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明治維新(4)

 

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<Ⅴ. 当時の世界情勢>

 

ところで、時代は1800年代後半、日本は江戸時代ですが、このころの世界の情勢はどうだったのでしょう。

 

1.欧州列強の植民地政策

(1)ヨーロッパの植民地政策と日本の関係

まず、世界全体の動きを知るために、ざっくりとした説明をしますと

 

14001600年代前半

(世界)

スペインとポルトガルの大航海時代

コロンブス

アジア初の植民地:フィリピン

(日本)

信長、秀吉、家康

 

1600年代中盤

(世界)オランダの台頭

(日本)江戸幕府、鎖国政策へ

 

1600年代後半~1700年代

(世界)

イギリスとフランスの時代

英仏の戦争はおおむねイギリスが勝利、徐々にフランスの勢力が衰える。

イギリス躍進の背景には、1700年代中頃に、海外の植民地で得た莫大な資金をもとに成し遂げた産業革命があった。此の工業革命によってヨーロッパは強力な近代兵器(銃火器)と移動手段(蒸気機関車と蒸気船)を得る。

その結果、その他の国々とは更に武力格差が開き、植民地化も容易になった。

(日本)

江戸時代の平和

 

1800年代

(世界)

アヘン戦争

(日本)

ペリーの黒船が来航

明治維新へ

 

18941895

(日本)

日清戦争

 

19041905

日露戦争

 

19411945

第二次世界大戦

(日本)

太平洋戦争

 

(2)18世紀までの植民地

18世紀までに欧州列強の植民地化競争は、北米・南米大陸、豪州、インド、アフリカ沿岸部でそれぞれ植民地として支配者による決着がついていました。

 

(3)19世紀後半

19世紀後半、ドイツが植民地化競争に新規参入。

 

この時点でまだ植民地化されていなかった地域は、熱帯伝染病のあるアフリカ内陸部、オスマントルコ帝国の弱体化でチャンスとなっている中東地域、清の弱体化で狙われた中国や東南アジア地域となっていました。

 

今回はここまでです。

 

2020.08.04

萩原行政書士事務所

 
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明治維新(3)

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

<Ⅳ<

日本の神話と古事記・日本書紀

日本の神話と古事記・日本書紀

   (その8)

 

2021.01.07

萩原行政書士事務所

 

 

今回(その8)は、このシリーズ「日本の神話と古事記・日本書紀」の最終話となります。

 

***********

 

応神天皇の14年から20年にかけて中国大陸や朝鮮半島から、渡来人の来朝・帰化が相次ぎ、先進技術や学問・文化が伝えられました。

 

この時期の主な渡来人は、次の通りです。

――弓月君(ゆづきのきみ):秦の始皇帝の子孫。養蚕とはた織りの技術をもたらした。

――阿知使主(あちのおみ):後漢の霊帝の子孫。文筆と財政の専門家として仕えた。

――王仁(わに)と阿直岐(あちき):百済から渡来した学者。儒学や漢字を伝えた。

 

平安京の貴族の名前をすべて列挙した「新撰姓氏録」は815年に編纂されたものですが、古代の氏族名鑑として価値のあるもので、天皇家系の「皇別」、神武以前の神々の子孫である「神別」、渡来系の「諸蕃」の3つに分かれていて、秦氏は諸蕃の代表的な氏族。

 

弓月君は秦の始皇帝(ユダヤ系との説あり)の末裔とされていることから、秦氏は秦の始皇帝の末裔ということになる。

 

秦氏を厚遇した見返りなのでしょうか。

土木技術に優れた秦氏一族により厚遇を受けた返礼としてなされたのであろう、と推測される事例が一つあります。

 

それは、巨大古墳です。

日本第2の規模を誇る前円後方墳(前方後円墳ではありません)は、大阪にある応神天皇陵(425m)です。

因みに、日本最大の前円後方墳は仁徳天皇陵(520m)ですが、仁徳天皇も秦氏一族を厚遇し国内の統治に努めました。

 

 

この辺で神話と記・紀のお話は一段落とさせていただきます。

書き終えてみますと、私自身の個人的な興味は、「古事記」が中心で、もっぱら神話の世界だったかなと感じています。

神話が語っているのは何なのかあまり深く考えたことはありませんが、その点については宿題として残しておきたいと思います。

 

今回は、「日本書紀」についてあまり触れませんでした。

記紀の編纂は天武天皇によって始まっていますが、個人的には天智天皇と天武天皇の系譜

の違いに興味をひかれていまして、何故ここに強い関心を持ってしまっているのか、この辺のところはもう少し参考書籍に当たって見ていけたらとも思っています。 

 

最後までお付き合いくださった皆様

ありがとうございました。

 

次回から挑戦する新しいテーマは古代日本の「邪馬台国と女王卑弥呼」です。

どのようなでき具合かも興味津々、皆様からの自由なご意見やコメントをお待ちしております。

 

ではまたお会いできるのを楽しみにしています。

See you again soon.

(完)

 

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日本の神話と古事記・日本書紀

   (その7)

 

2021.1.4

萩原行政書士事務所

 

新年おめでとうございます

令和3年を良い年にすべく挑戦のスタートを始めましょう。

本年もよろしくお願いいたします。

 

早速、日本の神話のお話の続きを始めます。

今回は(その7)からで、(その6)までは主に古事記について触れてきました。

古事記は神話伝説と思われがちですが、その内容は物語調なので、どこかで聞いたことのあるわかりやすく理解しやすいところもあり始めに紹介しました。

 

今日は、日本書紀からのお話で1編を記事にします。

日本の天皇家とユダヤ系渡来人の関係についてのお話です。

 

およそ1,700年前の古代日本。古墳時代です。

15代応神(おうじん)天皇の時期、 西暦にして270年から310年の頃です。

 

中央アジアに弓月国(ゆみつきこく)という小国がありました。

この国はシルクロードにあり、ユダヤ系の民族が多く入り込んでいました。

 

日本書紀には、「弓月国から約18千人が日本に渡来してきた」と記されていて、「応神天皇はこの人々を受け入れ厚遇した」と東北大学田中英道名誉教授は言います。

 

ユダヤ系渡来人では、絹のはた織りや土木技術を有する氏族として知られる秦氏の祖は弓月君(弓月王ともいう)で、弓月君とその一族は、ユダヤ系の移民の流れを汲むという秦の始皇帝の時代に万里の長城への労役を避けて朝鮮半島を南下しました。

 

しかし、新羅には追い出され隣国の百濟を経て海を渡り、やっと日本にたどり着いて応神天皇の治世下で厚遇を受け安住の地を得た、という。

 

当時の日本では、ユダヤ系渡来人の持っていた先進的な技術が有益で、応神天皇は国内の統治に利用するためにもこの民を厚遇したのでしょう。

 

遠く故郷をローマ帝国に追われたユダヤの人々は、東方の国を目指して流民となりあちこちで排斥され続けて苦難の末、どうにか日本まで渡来してきたのでしょう。

 

なぜ彼らは東方を目指したのか、どうしてそれが日本なのか、日本に住む人々はそれらの渡来人を排斥せず抵抗なく受け入れられたのか?

 

仮に、日本では時の統治者が有益な先進技術を持つ渡来人を利用すべく厚遇したとしても、当時の人々がそれを飲み込んで受容できたのでしょうか、軋轢はなかったのでしょうか。

 

 

現在、世界はコロナ禍で大変です。

もし今、アジア各地の流民が日本にやってきたらどうするのでしょう?

確かに日本にとって有益な流民は受け入れるでしょうが、その他大勢の難民ともいえる人々をどうするのでしょう。

日本人の「和を以って貴しとする」という精神や対立を好まない温厚な国民性からすると、これらの難民を温かく迎え入れることはなくても、大声でしゃべる騒音やゴミ出しの分別の無い外国人を暴力でもって排斥することはしないでしょう。

多分、多くの日本人は自分に害のない限り我慢するのではないでしょうか。

 

今回はここまでです。

ではまたお会いしましょう。

 







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日本の神話と古事記・日本書紀

   (その6)

 

2020.12.10

萩原行政書士事務所

 

 

 

<オオクニヌシは浮気な男>

 

こうして地上世界の支配者になったオオクニヌシは、かって兄神たちの求婚を突っぱねて「オオクニヌシの妻になる」と宣言していた因幡国のヤカミヒメのもとに向かい、このヒメを迎えたのでした。

 

でもヤカミヒメは正妻のスセリビメに気兼ねして子(木俣神:きまたのかみ)を産んでまもなく因幡国に帰ってしまいました。 

 

次に、オオクニヌシは、高志国(北陸地方)に住む美しいヌナカワヒメと男女の契りを結び、これを知った正妻のスセリビメは激しく怒ります。

 

余りの剣幕にさすがのオオクニヌシも手の付けられない中、どうにか和解をすることができました。

 

しかしそれからも懲りないオオクニヌシは、タキリビメノミコト、カムヤタテヒメノミコトをはじめとして多くの女神たちとも契りを交わしました。

こうして地上世界はその子孫で満ち溢れるようになり、オオクニヌシはいよいよ国作りを始めました。

 

今日はここまでです。

ではまた

次回お会いできるのを楽しみに

 

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日本の神話と古事記・日本書紀

   (その5)

 

2020.12.08

萩原行政書士事務所

 

 

 

地底にある国、根之堅洲国(ねのかたすくに)に着いたオオクニヌシを出迎えたのは、スサノオの娘スセリビメで、スセリビメに一目ぼれしたスサノオはスセリビメとすぐに結婚。

 

オオクニヌシにとってスセリビメの父はスサノオとなります。

アマテラスの弟で乱暴者ゆえに天上界を追われたスサノオですから、簡単には二人の結婚を認めません。

 

義父であるスサノオは、娘スセリビメの夫にふさわしいかどうか見極めるために、いろいろとオオクニヌシに試練を与えます。

 

義父は、大小の蛇がうごめく部屋で寝るよう命じたり、ハチとムカデの部屋にいれたり、野原の真ん中で野火に囲まれた火攻めの試練を与えましたが、オオクニヌシはなんとかこれをくぐり抜けました。

 

三度の困難を絶え凌いだものの、最後は「無数のムカデが這っている頭の中の虱を取ってくれ」と命じられましたが、この難問もスセリビメの助言によって乗り越えました。

 

義父スサノオが心を許し安心して寝入ってしまった隙に、オオクニヌシとスセリビメは地底の世界から逃げ出してしまいます。

 

この逃走劇では、スサノオの秘蔵の神器であり絶大なパワーを秘めている、「生大刀(いくたち)」「生弓矢(いくゆみや)」「天の沼琴(あめのぬこと)」を持ち去ってしまいます。

この神器を持っていればスサノオと同様の神威を得ることになるからです。

 

二人の逃走に気づいたスサノオは追いかけますが、地上世界と根之堅洲国との境で、

追跡を諦め大声で言いました。

「おまえが手にしている生大刀・生弓矢で兄神たちを倒せ。我が娘スセリビメを正妻として新しい国を作るがよい。」

 

オオクニヌシはこの言葉通り剣と弓矢で兄神たちを倒したのです。

 

今回はここまでです。

ではまた次回にお会いできるのを楽しみにしています。

 
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日本の神話と古事記・日本書紀

   (その4)

 

2020.11.26

萩原行政書士事務所

 

 

さて、今回は「古事記」に登場する日本の神話の中で、私が結構興味をひかれたスサノオ(須佐之男命)とオオクニヌシ(大国主神)について少しだけ触れていきます。

 

◎タケハヤスサノオノミコト(須佐之男命)

 

スサノオはアマテラスの弟です。

乱暴者の弟スサノオは、天岩屋騒動で姉である太陽女神アマテラスオオミカミの怒りを買い高天原から追放され、出雲の国にやって来てヤマタノオロチを退治し、この時に助けた娘クシナダヒメを娶るというお話です。

 

 

◎オオクニヌシ(大国主神)

 

オオクニヌシはスサノオの昆孫(こんそん)に当たります。

昆孫というのは、スサノオの子孫で、子、孫、ひ孫、玄孫(やしゃご)、来孫(らいそん)、昆孫(こんそん)、と続く系譜の6代目です。

 

オオクニヌシが稲羽(因幡国、現在の鳥取県)の白兎を助ける話はよく知られています。

この時、オオクニヌシの兄たちは、稲羽の美貌の女神ヤカミヒメに求婚しようと、弟に荷物運びをさせて因幡の姫のもとに向かっているのでした。

オオクニヌシに助けられた白兎は姫がオオクニヌシを選ぶことを予告し、姫が兄たちの求愛をことごとく断り、オオクニヌシと結婚することを宣言すると、兄たちは嫉妬心からオオクニヌシを殺そうとします。

こうして何度も迫害に遭い絶命までしましたが、天上界の神に助けられ、兄達の執拗な追跡を逃れて、地底の国スサノオのところに向かいました。

 

今回はここまでです。また次回お会いしましょう。

 
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日本の神話と古事記・日本書紀

   (その3)

 

2020.11.23

萩原行政書士事務所

 

 

話は変わりますが、私はいま古事記と日本書紀の入門書を手にとって斜め読みしている最中です。

 

なぜ積読みたいな初心者向けの「記紀」に目を通しているかというと、

昔から東アジアは超大国である中国王朝の影響下にさらされていることは皆さんご存知の通りで、記紀の成立は東アジアの歴史が深く関わっていて、日本国のアイデンティティーと成り立ちを示すために作成されたのが「古事記」と「日本書紀」だったという見方があるからというのが一つの理由です。

 

どういうことかといいますと、東アジアをめぐる国際関係が次第に緊張感を増す今日この頃、古代日本人が大和政権による国家統一を進めて自主独立の道を歩む気概を世に知らしめたことを、現代の我々が再確認することは決して無駄となることはないのではないかと思っているからとも言えます。

 

今回はここまでです。

次回をお楽しみに

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日本の神話と古事記・日本書紀

   (その2)

 

2020.11.22

萩原行政書士事務所

 

 

始めに「邪馬台国」について、この話はいずれシリーズものにして触れていこうと思っていますが、今日は折角ですからチョットだけさわり部分につき触れていきます。

 

この時代の日本には独自の文字というものが出来上がっていなかったこともあって、国内事情を正確に把握するために証拠となる文献は不十分でした。

こういったことから「邪馬台国」の時代は、お隣の国の魏志倭人伝などから読み解かざるを得ない状況で不透明な空白の時代と言われているようです。

 

例えば、「邪馬台国」はどこにあったのかという場所の特定についても、九州説か近畿説かの論争があってこれも未だに決着がついていない上に、そもそも存在していないのではないかという第三の説もあって結論は出ていないようです。

 

「邪馬台国」の場所の特定について、まったくの素人である私自身の印象は、

 

①確たる証拠が出るまで九州説か近畿説かの議論には余り拘泥しない・左右されない様にしよう。

 

②そもそも存在していないという第三の説には、結構惹きつけられる魅力を感じます。

けれども、一方で第三の説に対しては、本当にそうだろうかという単純な疑問を抱いていて、未だにこの疑問を完全には払拭できていません。

 

③こういった背景を踏まえて、自然に出てくる発想は、だいたい次の④のような感じですが皆さん如何でしょうか?

コメント・ご意見をお持ちの方は歓迎しますので、ぜひお寄せください。

 

④魏志倭人伝に出てくる倭の30近くの小国とは北部九州にあって、「邪馬台国」はこれらの小国を緩やかに統括している。

女王卑弥呼は近隣諸豪族の総意によって推戴された統合の象徴であって、武力という軍事力をもって周辺地域を支配してはいない。 

これはあくまでも私の推測ですが、

ヨーロッパのEUという地域統合圏のようなイメージで「邪馬台国」は存在していたのかもしれない。

即ち「邪馬台国」はEUと同じで独自の国家という独立した主権・領域を持っていないのではないか、女王卑弥呼の下に統合された地域圏ではないか、との想像をたくましくしています。

 

今日はここまでです。

ではまたお会いしましょう。

 

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日本の神話と古事記・日本書紀

   (その1)

 

2020.11.19

萩原行政書士事務所

 

最近、ひょんなことから日本の古代史に関心を持つようになりました。

 

特に、邪馬台国と女王卑弥呼のお話については、小さい頃に絵本か何かで見て漠然とした伝説みたいな記憶しかなかったので、コロナ禍で時間に余裕ができたこともあって、この際ということで本を見て確かめてみようと思い立ったのです。

 

また、日本の神話もその一つで、まるで漫画のような夢と空想とで一杯のおとぎ話の世界です。

 

ここで私自身が思い起こすのは、ギリシャ神話に出てくる伝説の都市「トロイア」の発掘です。

古代ギリシャの詩人ホメロスの記した長編叙事詩である「イリアス」のトロイ戦争です。

この物語の中で「トロイ」について触れられていますが、この伝説を信じてドイツ人のシュリーマンが私財を投じて発掘にあたり、その情熱と固い信念が実って1870年代にとうとう「トロイ」の遺跡を発見したという実話を思い出してしまいました。

 

ということで、今日は日本の神話や邪馬台国に係わる伝説について、話を進めていくこととします。

 

今回はここまでです。

続きをお楽しみに

 

ではまたお会いしましょう。

 

 

どうするの? 新型コロナのパンデミックで思うこと

どうするの? 新型コロナのパンデミックで思うこと

(その1)

 

 

新型コロナのパンデミックに関連して、世界における感染症の歴史を振り返って見つつ過去の教訓を踏まえて、これから私たちが進む道を自分なりに思索してみたいと思い記事をアップすることとしました。

 

〇14世紀の黒死病

時は14世紀、1300年代後半です。

モンゴル帝国が世界を支配していた頃に中国雲南省の疫病が当時ヨーロッパ最大の中継港湾都市の一つであるイタリアのベネティアからヨーロッパ全域に広がった感染症がありました。

この時の感染症は、ヨーロッパの人口の3分の1が犠牲になったという恐ろしい病気で、黒死病といわれ皆さんも聞き覚えがあるかと思います。

 

さてこの黒死病ですが、この頃のヨーロッパはキリスト教を中心とした社会でしたが、神に祈ることによって疫病を退治しようとする旧態依然とした対応が主たる対策として取られていた模様です。多くの人々は教会の教えを忠実に守ってこれに従っていたのでしょう。近代医術による科学的な治療は行われていてもそれはごく一部であって、残念ながら疫病を根絶するほどの効果的で時代を変革するほどの大きな流れにはなっていなかったとも言えます。

 

このような状況でも教会の呪縛から解き放たれ、近代医術を駆使してこの疫病に対処しようとこの悲惨な状況から立ち上がった人々もいました。

芸術の分野では後に3大巨匠といわれたミケランジェロ、ダビンチやラファエロと言った人々がでてきて、彼らが自由な発想で新しい時代、即ちルネサンスという文化の華を開いたのは歴史が示す通りです。

 

今日はここまでです。

次回は(その2)から始めます。

皆さんお元気で

 

2020.05.07

萩原行政書士事務所

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どうするの?新型コロナのパンデミックで思うこと

(その2)

 

〇新型コロナウイルス

ご存知のように、いま世界を席巻している新型コロナウイルス感染症は中国を発生源として諸外国に伝播し、日本も最初の感染者を出した国の一つとなりました。

その後この疫病は終息するどころか、韓国を始めアジア各地に広がり、ヨーロッパではイタリアから始まり爆発的な感染拡大を引き起こす事態となってしまったのです。

 

〇感染拡大防止策(トイレ事情、手洗い、アルコール消毒)

そこで一つ思い起こすのは、現在のコロナ感染症もトイレ事情や手洗いの習慣が防止策の一つとなるのではないだろうかと思う事例です。

 

具体的には、日本の水洗トイレと手洗い習慣はコロナウイルス対策として少しは有効な手段となっているのではないかということです。もしかしてウイルスを洗い流してくれているのかもしれませんから。アルコール消毒による手洗いやマスクの使用も有効なのでしょう。

 

さらに、日本人は海藻をよく食べますし、お茶も良く飲みます。

海藻もお茶もウイルスに効き目があるのではないかという説もありますが、本当のところはどうなのでしょうか。

日本人はこの海藻を消化する酵素を持つ世界でも珍しいDNAを有しているとも言われています。

 

さて話が少し脱線気味ですので、本題に戻ります。

 

今日はここまでです。

次回は(その3)から始めます。

 

2020.05.08

萩原行政書士事務所

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どうするの?新型コロナのパンデミックで思うこと

(その3)

 

 

〇ヨーロッパのトイレ事情、お風呂と香水

一方、ヨーロッパではトイレ事情は日本と比べるとだいぶ異なっています。日本より何年も遅れていると言えるのかもしれません。

と言うよりも正確に言えば、この違いは彼らの風俗・習慣に由来していると言えます。

フランスで香水が流行っているように、彼らはあまりお風呂に入りません。

普段から体をきれいに洗うことよりも、香水をつかってその匂いを利用して体臭をカバーしているようです。

ローマ帝国時代のローマ人はお風呂が好きだったようですけれども・・・

 

またトイレ後に使用した紙は水洗トイレで流してしまう現代の日本人、他の国ではまだまだそうなってはいないところが見受けられます。トイレで使用済みの紙を流すのは結構見られますが、水洗トイレはあまり普及していないのではないかと勘違いしてしまいそうです。

 

〇ヨーロッパのマスク事情

欧米の社会ではマスクをしている人は、風邪をひいている等何らかの理由でマスクをしているのだろうということから、嫌な目で見られることがしばしばです。

日常の生活では自分が病気でなければ外出時にマスクはしませんから。

感染症予防のためにマスクをすることは普段の習慣にないのですから、今回のコロナ騒動でのマスク着用は大きなショックを与えたことと思います。

 

〇欧米におけるハグや握手の習慣

新型コロナウイルスによる感染症は、接触感染が原因で拡大していると言われています。

その観点から言えば欧米におけるハグや握手の習慣は、人と人とが接触する典型的な事例で感染拡大の大きな危険性を含んでいます。

幸い日本では従来からあまりハグをする習慣はありません。初対面での握手はだいぶ一般的にはなってしまっていますが、ハグと握手は感染を避ける意味からもお互い避けるようにしましょう。

 

2020.05.11

萩原行政書士事務所

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どうするの?新型コロナのパンデミックで思うこと

(その4)

 

 

〇ヨーロッパで悪性変異したコロナウイルス

ヨーロッパで変異したコロナの新型は中国オリジナルのものよりも悪性だと言われます。

これについても私なりに少しうがった見方をしていますので、ここで触れてみたいと思います。うがった見方という理由は、あまり科学的な証拠に基づいていない憶測を含めているからです。このような見方をする人間もいるのかなと言う程度で読んでください。

 

まず、ヨーロッパの文明には(日本の将棋と違って)チェスにも見られるように生か死かと言う2者択一の発想がその根底にあるのではないかと思っているのです。

 

ヨーロッパのボードゲームであるチェスは、相手から取った駒は使えないので、これは完全な消耗戦となります。取られた駒はそれでおしまいで、生死で例えるならば死あるのみです。

 

一方、日本の将棋は、相手から取った駒を使うことができます。相手の駒を捕虜にして殺すことはせずに、自分の兵力として活用・再利用できるというのが大きな特徴です。捕虜の虐待だという意見もありますが、少なくとも殺してはいません。

なお、このルールが将棋というゲームを複雑にして面白くしているのですけれども。

ここでは将棋とチェストのうちで、どちらが良いか悪いかという評価は敢えて差し控えることとします。

 

ヨーロッパではかっての十字軍がイスラム世界に対して生か死かの虐殺を伴なった戦争を何度も行っています。

ここでもキリスト教徒の十字軍が善でイスラム教徒は悪であるとの考え方がみられます。

欧米の世界では、善か悪かで物事を2者択一的に見る発想がその思想の根本にあるのかもしれないと思うのですが皆さんはどのように見ていますでしょうか。

 

2020.05.14

萩原行政書士事務所

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どうするの?新型コロナのパンデミックで思うこと

(その5)

 

 

つまり欧米の人々はコロナの完全撲滅を目指し、コロナウイルスをこの地球上から完璧なほどまでに消滅しようと努めているということです。

コロナウイルスは人類にとっては悪である。

だからこそ現代医学の技術をもってあらゆる知恵を絞り、コロナウイルスの完全撲滅を果たすことが善となる、という思想が透けて見えます。

このことは、即ちコロナウイルスからすれば殺されるか否かの生死の問題となりますので、それは生き残りに必死でしょうから自ずと弱肉強食に打ち勝つ術として変異したのかもしれません。

コロナもある意味ではこの地球上の生き物ですので。

この辺の件は少々勝手読みによる個人的な思い込みなのかもしれませんが…

既にマスコミでも報じられていますが、コロナを一匹残らず完璧に消滅させることは難しいと言われています。

 

〇最善策はコロナとの共生?

ということで個人的な感想となりますが、感染拡大防止の最善策は、「コロナと共生していく」という発想をもって対応措置を考えていくこともありなのかということです。

 

日本人は長い歴史と伝統を持っていますが、そのなかでも古代の縄文時代における人々の生き方は参考になるのではないでしょうか。

約16,000年前から3,000年前まで (この間に1万年前頃に氷河期が終わって温暖化し, 日本列島は大陸から海で隔てられてしまいますが) 日本に住んだ縄文時代の人々は、大自然の恵みを受け入れ野生のクマやオオカミとも共生しつつ、ほそぼそと自給自足の生活を送っていたのでしょう。そこにはより社会生活を良くする効率化や合理化ほか富や安定維持のための武装力の強化など弥生時代が始まるまでは未だ表れてきてはいませんので、のんびりと緩やかな時間を平和に暮らしていたのではないかと推測されます。1万年もの間、日本列島で緩やかな時間をのどかに過ごしていた縄文人。人間としても満たされていたのであろうその心やまったりとした生活スタイルは、現代人にとっても砂漠のオアシスのように癒されることでしょう。

 

今回はここまで。

2020.05.18

萩原行政書士事務所

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どうするの?新型コロナのパンデミックで思うこと

(その6)

 

弥生時代に入って稲作が始まり効率的な集約農業を求めて土地に定着し、集落の人口増加によってさらなる食糧増産のための合理化や周辺地域との争いが激化して武装した村落同士の争いまで始まりました。この状態は今日まで続いています。

 

中国約5千年の歴史の中で現代まで続いている宗族を中心とした争いいわゆる械闘、更には国家同士の戦争、ゲリラによる地域紛争など世界中で似たような情景はそこいら中で起きています。

アジア地域に限った大きな戦争だけを見ても、1945年太平洋戦争の終結、1950~53年の朝鮮戦争、1960~70年代のベトナム戦争、1971年のインド・パキスタン戦争(第三次印・パ戦争)など数年単位で悲惨な状況が生じています。

 

イギリス産業革命以降の近代国家による植民地支配を経て、現代まで人類は争いの歴史を繰り返しています。

これらすべての争いは、より多くの富を得て豊かになりたいという人間の欲望から生じたものといえるでしょう。場合によっては、自衛のためであったり、支配者の都合であったり、主義主張を理由としていても結局は力により解決してきています。これは動物の世界で見られる弱肉強食と全く同じことです。

人の欲望が、村落から地域そして国家単位に拡大してきているに過ぎないのです。

世界的な疫病の流行も過去幾度も繰り返され人類に大きな禍根を残してきました。

今回発生した新型コロナのパンデミックに限らず、将来もまた疫病の地球規模での流行は起こりえることでしょう。

 

最近のある統計によれば、世界の富の約半分を大富豪といわれる62人で独占しているようです。この大富豪たちによって更なる富の集中が進んでいるようですが、2020年はどうなるのでしょう。今回の疫病騒動でどのような変動を引き起こすのか注目していきたいところです。

なにはともかく、彼ら大富豪は地球上の人間社会に何を望んでいるのでしょうか。

人間の欲望は際限がないとも言われますので、世界政府でも樹立して人類を支配することでも夢見ているのでしょうか。

 

今回はここまでです。

2020.05.21

萩原行政書士事務所

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どうするの?新型コロナのパンデミックで思うこと

(その7)

 

5/26から緊急事態宣言解除となって、やっと東京でも外出自粛も緩み少しは行動できるようになりました。

 

医療専門家の視点からはどう見られているのか良く解りませんが、政治的にはこれから第2波が来ることを思えば、今のうちに少し息抜きをしてストレスを解消し国民の緊張感を一旦緩めておいた方が次への措置も取りやすくなるでしょうから得策、今が解除のチャンスと言うことかと思います。

 

既に第2波対策の一つとして、欧米各国は治療薬の囲い込み・独占即ち金儲けを目的として裏で動いているようですが、日本は日本製アビガンの承認には慎重な上にアビガン希望国への無料寄付は既に実施予定として計画されていても、欧米治療薬の囲い込みには余り熱心ではないようです。何か事情があるのでしょうか。

 

1波の時と同じように感染初期の対応で日本は隣国中国に大量のマスクを無償で寄付し、日本での流行時にはマスク不足で隣国に支援のお願いをしたあげく中国から感謝の表明をすれば支援すると言われて言いなりになった親中派の人々がいました。第2波以降についても相変わらず同じようなミスを繰り返すのでしょう。

 

弱肉強食の世界こそ国際政治の世界、マキャベリズムが支配する社会であって、明治維新の日本が富国強兵の道を歩んだことは時代の潮流を読み取った正解だと言えるのではないかと思っていますが、その意味では今日の日本は政治・祭りごとを全く分かっていないように思います。

 

そもそも日本人には欧米や中国のような弱肉強食の政治思想が全く欠けていて、政治に疎い民族と言えなくもありません。それが日本人の良いところでもあるのでしょう。

 

日本は人種平等や世界平和の理念は素晴らしいのですが、地球上において数年単位で紛争や戦争が頻発している人類の歴史が示すとおり、一国の指導者を含む人間の本質的な欲は永遠になくならないでしょうから、このままではいつまでたっても人間精神の進歩が期待できません。

 

いつになったら、何をどのようにしたら不滅ともいえる人間本来の欲望を自制できる人類社会が実現できるのでしょう。

 

今日はここまでです。

 

2020.06.01

萩原行政書士事務所

 

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どうするの?新型コロナのパンデミックで思うこと

(その8)

 

 

さてお話を本題に戻します。

歴史的に見れば日本は弥生時代からと明治維新後、さらに言えば世界では歴史の上で特徴的な産業革命以降、特に顕著にみられる効率化・合理化という名のもとに始まった富の集中で、人間の幸せになろうという欲望そのままに現代まで突っ走ってきてしまったということを改めて見つめ直し、そうでない時代即ち日本における縄文の人々の生き方がどうであったのか、現代社会においても参考になるかどうか考えてみる機会ではないか、そういう発想を持って世の中を俯瞰して見ても良いのではないかと思います。

 

縄文時代の人々の心や縄文人の文化を再認識することの意味は、必ずしも現代社会の在り方・進歩した科学技術や医療や教育を否定するものではなく、少なくとも現代人の精神・哲学の分野である人間の心そのものについて懸念していることと、ギスギスしてすさんだ心を癒して人間本来の姿を取り戻す一助になるものと考えるからです。

 

聖徳太子時代の憲法17条にでてくる、「和を以て貴しとなす」

(人は派閥や党派を作りやすい。そうなると偏屈な見方に偏ってしまいがちで他人と対立を深める結果となってしまう。そうなることを避けて互いに和らぎ話し合いができたら、そこで得た合意は道理にかない成し遂げられる。)とか

 

遣隋使小野妹子が携えた国書「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。」

(東の国の倭の王ではなく天子が西の国の天子すなわち隋の皇帝である煬帝に国書を認める)

といった日本人の和の心と隣の強大国に接する際に対等であろうとする当時の国のトップの気概を大切にして、この点においても日本人として参考にしていけたらと思いますが皆さん如何でしょう。

 

今日はここまでです。

 

2020.06.03

萩原行政書士事務所

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どうするの?新型コロナのパンデミックで思うこと

(その9)

 

 

人類とコロナの関係でみれば、コロナと言う疫病は人間生命を脅かすとてつもない恐怖には違いありませんが、欧米にありがちなコロナは悪だからこの世から絶滅させるという発想ではなく、地球上の生き物として大きく包み込んで共生していくという見方があってもいいのではないでしょうか。現実に日本のコロナ対策は世界の例に比べて極めてもどかしい措置をとっていると思いますが、もしかして既に共生を基本理念として行動しているからなのでしょうか。

 

そのような理念があれば救われるのですが、そうではなく有事に国の進むべき道を国民に指し示すべき政治が後手後手と言われる政策しか実施できなかった日本は、単に平和ボケを露出してしまっただけと言わざるを得ないような気がします。

結果が示した証拠であり現実であれば悲しいことで、少なくとも第2波への対処についてはそうでないことを望みたいと思います。

 

国家存亡の緊急事態体制で、特に日本は医療分野におけるコロナのような特殊感染症などの防疫面で想定外と言うか置き去りになっていたという事実を露出してしまいました。危機意識・防疫計画・研究・開発・資金投入・実施訓練ほかに係わる危機管理面においてです。

日本の医療技術は優れているので、問題は有事に係わる基本的な認識をはじめとするこれらの戦略・戦術が欠けていた、政治的な政策理念が疎かになっていたということでしょう。

 

5/26から緊急事態宣言の解除が始まり第2波など今後の推移はとても気懸かりですが、取り敢えず第1波による悪影響の結果は、世界の中で対人口比から見ても死亡者数が少ないという事例を日本は示すことができました。

 

今日はここまでです。

2020.06.05

萩原行政書士事務所

 

 

 

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どうするの?パンデミックに思うこと

(その10)

 

この事実は何を示しているのでしょうか。

世間の多くの人々が肌で感じ、実際に実践した、日本人としての自律的な行動があげられますが、これは強制されたことではありませんでした。人間の内面に備わった優れた感性を持つ日本列島に住む人間集団の独特の特徴と言えるのではないでしょうか。

 

具体的には、医療従事者による自己犠牲の上に成り立った患者を救うという努力があったことと、国民一人一人のマスクをして手洗い・うがいを実行し三密を避け外出自粛を守る行動や、経済活動を自ら制限した企業・事業者の犠牲的な協力があって初めて実現した結果だと言えるでしょう。

 

まだまだ被害を最小限に抑えた理由はいろいろ挙げられるのでしょうけれども、個人的には「日本は運が良かった」と言えるような気がしています。

 

このコロナ対策封じ込め成功の点では、日本の事例よりも台湾の成功事例に学ぶべきものがあるように思います。中国以外の国で初めにコロナウイルスの警告を発したのが台湾でした。台湾は初動対応から見てもスピード感がありました。

 

なぜ台湾が新型コロナ感染防止に成功したのか、

簡単に言うと、このような感じです(少々独断と偏見が混ざってしまいましたが・・・)。

 

単に医療体制が良かったという理由だけではなく、台湾は常に中国に征服される恐れありという潜在的な危機感により、コロナ感染症はウイルスを使った中国による台湾支配の始まりと言う政治的な観点からの対応ができたということかと思います。

 

なにせ直ぐに中国本土からの人の流入を全面的にストップしてしまい、経済的な悪影響もなんのその、医療体制もすぐに手当てしました。感染症の検査、マスク生産の話(当時台湾にはマスク製造機械メーカーが数社しかないのに国中の有能な人材が自らの意思で集まり、所要の生産体制を構築して必要数の供給が可能となった。)などがあります。

今日はここまでです。

2020.06.07

萩原行政書士事務所

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どうするの?パンデミックに思うこと

(その11)

 

日本は、中国に対する脅威を測る物差しとして、台湾をよく知り中国が台湾に何をしようとしているのか、と言うことから大いに学ぶことがあるように思います。

東アジア情勢において台湾の存在は日本の味方として大きな価値があるように思えます。でも日本の政治家は一歩前に進むことができるでしょうか。

中国に忖度しているようでは無理でしょうね。

日本にとってビジネスでは中国市場でしょうが、現下の国際情勢下では政治的には台湾との連携でしょう。

 

日本での緊急事態宣言解除を受け、国際社会は日本のこれまでに行った新型コロナ感染防止対策について、随分奇異に受け取っているのではないかと思います。

世界各国のリーダーのほとんどは今回のコロナ対策で自国民の支持率がアップしたと言われています。反対に支持率が下がっているのは、日本とブラジルです。

日本の安倍総理に対する国民の支持率は確かに下がっています。

普通は人気が上昇しても良いはずですが、そうではありません。

これも国際社会から見れば、日本は理解の難しい不思議の国のアリス状態になっています。

 

コロナ対応策については、何が良くて何が悪いのかにつき今即断も困難ですので、その評価は将来に譲りましょう。

 

話はそれますが、同じように地球上に存在するもので人類が開発した核兵器と言うものがあります。善悪でいえばこれは悪魔の作品であると言っても良いでしょう。

核エネルギーの平和利用ならいざ知らず、核兵器は人類を滅亡に導く悪魔の兵器だからです。

 

今日はここまでです。

 

2020.06.16

萩原行政書士事務所

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どうするの?パンデミックに思うこと

(その12)

 

また、コロナに関連する国際政治の世界でも私から見ると悪魔の行為と言えるような事例がみられます。

具体的には、中国によるマスク買い占め行為がその一つとして挙げられるのではないでしょうか。

 

では、中国によるマスク買い占め行為とはどのようなことだったのかについて、自分で知り得た限りのお話を少し致します。

 

中国はマスク生産国・輸出国で世界第1位ですが、

中国は武漢コロナの公表を約1か月秘匿(201911月下旬患者発生、12月上旬武漢市から北京中央政府に通知、20201月初旬中国は感染症発生につき公表、1/14 WHOも新型ウイルスの検出を認知と発表、1/16日本で初の感染者確認。)。

 

その間、海外の中国系企業や留学生個人に指令して世界からマスクを買い集める(この時期。日本では中国人のマスク爆買いがマスコミに報じられている。)と同時に中国から海外への輸出を縮小。

 

買い集めたマスクその数22億枚、日本から中国に12億枚送られたようです。この頃の日本はまだ対岸の火事とみていた時期です。

 

中国による大量のマスク輸入、

こんなことをすると輸出・輸入統計ですぐ分かってしまうのですが、

中国は毎月の輸出・入統計の発表を強制的に中止。

 

3月に世界がコロナで大騒ぎとなっているドサクサに紛れて目立たないようにサラっと1月から2月分の合計数として公表。あきれた行為です。

 

今日はここまでです。

 

2020.06.19

萩原行政書士事務所

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どうするの?パンデミックに思うこと

(その13)

 

感染症が蔓延して世界がパンデミックになると

白馬に乗った王子様・正義の味方よろしく登場する中国。

中国に最大限の称賛を惜しまず評価することを約束した国家に対してのみ

貯め込んでいた手持ちのマスクを

受入国政府による感謝の意発表を条件として輸出しています。

 

知られたところでは、セルビア、イタリア、スペイン、フランスです。

 

この時点でドイツのメルケル首相は中国と距離を置き始めているように思います。

日本では中国から大量にマスクを入手できたと自分の実績として自慢した国会議員さんがいます。私から見ると中国に利用されただけの子供じみた話なのですが…

 

結論から言えばこのことは、

中国による武漢コロナ発祥起源の事実をごまかそうとする

共産党指導者のヨコシマな政治・祭りごとに過ぎないのでしょう。

 

根本的な発想について見ると、日本人とはそもそもまったくと言うほど異なります。

日本人には考えも及ばない行為ですが皆さんこのような発想をどのように思いますか。更にそれを実現しようと行動できますか。

中国は、日本にはない宗族と戒闘の国といわれますから、このようなことをしてしまうのでしょうか。

 

今回はここまでです。

2020.06.22

萩原行政書士事務所

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どうするの?パンデミックに思うこと

(その14)

 

今回の新型コロナに関連した米中の対立についても少し触れておきたいと思います。

 

「アメリカ大統領の中国批判」

 

これも国際政治の世界です。

コロナは人類の敵だからウイルス撃退方法を世界で協力して確立しよう、という議論は理想です。日本人は人種平等の発想がありますから自然にそのように考えますし、医学者や科学者の世界ならそうなるでしょうが、政治家やビジネスの世界では必ずしもそうとはなりません。

 

国際政治上では、武漢コロナは中国起源の感染症で1か月も事実を隠蔽した中国は悪であり、米からすると世界の覇権を狙う中国共産党は敵として今この機会に叩いておきたい、と言う構図で見ることができます。

 

今や世界に数少ない共産主義社会の中国共産党は世界NO.2の強大国として一帯一路の世界戦略を明示しています。

 

2040年までには尖閣諸島・沖縄・台湾をも支配して太平洋のハワイ沖まで中国の勢力を伸ばし、太平洋を米中で二分支配しようと主張しています。

なんと日本は中国の属州となりその名称まで想定されているのです。

 

更に、その後、習近平氏は2035年には中国はアメリカを抜いて世界第1位の覇権国家になると宣言しました。

これは2040年までの計画を短縮した習氏の自信の表れでしょう。

アメリカに対する政治的な挑発発言と言えます。

 

なぜ2035年かと言うと毛沢東が中国共産党の実権を把握して100週年に当たるからで、習氏自身は82歳になっています。2040年では87歳ですから世界戦略計画を少し早めたのでしょうね。

今日はここまでです。

2020.06.26

萩原行政書士事務所

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どうするの?パンデミックに思うこと

(その15)

 

 

中国の開発途上国支援も経済援助が主目的ではなく、政治的に相手国を利用しようとする思惑が透けて見えます。

 

例えば、アフリカの某国への援助ですが、

農業開発の名目で中国の農民を大量に送り込み(中国からの移民送り出し政策の一環)、出来上がった農作物のほとんど(当該国にはサンプル程度の納品しかしない)を母国中国に送り届けています。

 

そのための中継基地としてドイツのハンブルグ近郊にある小さな空港を99年借款で確保しており、週に何便も貨物輸送機を中国~ドイツ~アフリカ間で運航させています。中国による空港利用を許可した当時のドイツ首相は、引退後に対中国関連の収賄疑惑でマスコミに叩かれました。

 

日本は、アフリカ援助と言えば学校を建てたり、井戸を掘ったり上下水道を整備し、道路網や電話網の社会インフラ工事を担当してその国のためになることをしています。思想・主義の原点が全く違います。

 

米中対立では、中国も米に叩かれて黙っていません。

米中は冷戦から明らかに熱戦へ変化してきています。

中国共産党は自分たちの生存権をかけて国民の目を対外問題に向けるため地域の紛争か戦争を望んでいるようにみえます。

 

日本から見ると尖閣諸島で、中国公船の領海侵犯が激しくなっていて日本とモメゴトを起こしたがっているようです。今なら日本は自衛のための防衛戦しかしないし、米太平洋第7艦隊の4空母(レーガン、ニミッツ、ルーズベルト、アイゼンハウワー)はコロナ感染症陽性の発症艦員が出て病気から復帰しつつある状況で、やっと洋上の航空機着艦訓練を開始しているようだと言われていますから、いますぐと言われたら日本を守ることができません。

 

今日はここまでです。

2020.06.30

萩原行政書士事務所
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どうするの?パンデミックに思うこと

(その16)

 

 

因みに、南シナ海では中国公船が相手国の船舶に体当たり攻撃をしています。

日清戦争でも見られましたが、中国は体当たり戦法を得意とした戦術を用います。

日本艦隊と戦った清国は、国内の汚職によるせいか使用した砲弾が不完全な製品で中に砂が混ざっていたりしており海戦にならず、撃沈されるばかりの状況で中国とっておきの秘策「体当たり戦法」を取ってきました。

 

(この発想は、一人が敵の一人を倒せば人口で勝る中国が勝利するという理屈から来ていますが、果たして今でも有効なのでしょうか。孫子の兵法ですかね。アメリカはクラウゼビッツやリデル・ハートの戦略で敵の弱点を徹底して攻める戦法を研究し対中国に対処しています。)

 

人類とコロナが共に生きる道、不思議な発想かと考えられがちですが、共生を基本理念として改めて考えてみることは、日本人としてみれば自然な発想かなと思います。

 

この考え方は明らかにグローバル化している現代の国際社会における潮流に反するものですが、新型コロナの終焉以降に時代は大きく変化しようとしている潮目を感じますので、中世における黒死病以降のルネサンス、第1次世界大戦及び第2次世界大戦後の米ソ2極化した東西社会体制同様に新しい社会変革が起きるような気がします。

 

今回の新型コロナ感染症のパンデミックにより、世界でも稀なDNAを持っているといわれる珍しい国の日本と日本人が独特の回答を示して成功をおさめ、本質的に持つ和の心とコロナとの共生という人間としての生き方を、地球人類の平和と幸福のために世界に示す大きなチャンスとなることを願ってやみません。

 

この記事はこれで完了です。

シリーズ全編お付き合い頂いた方ありがとうございます。

ではまたお会いしましょう。

(完)
 

2020.07.07

萩原行政書士事務所























 

米中対立

<米中対立>

 

最近の米中対立について世界の最新情勢を踏まえて記事にしてみました。

 

1.中国

20183月からの米中貿易戦争によって中国は痛手を受け、今では中国国内において共産党の政権基盤を揺るがすほどの相当な打撃を受けている。

 

(1)一つは中国の失業率に見ることができ、国内に深刻な不満が鬱積していることを如実に示しています。

中国の労働人口は8億人、現在の失業者は2億人と言われ、失業率は25%に達している。

共産党支配下の中国では、これら失業者の不満を強制的な弾圧を以って押さえつけることが可能なので、問題はこの不満がいつ爆発するかということができるでしょう。

(他方、アメリカは大統領選挙までに米失業率が40%に達するようならば、トランプ政権は崩壊でしょう。現時点の失業率でも理由はチョッとしたキッカケからでしょうが、首都ワシントンを中心に警察官による黒人死亡事件に関連した抗議デモ、更には暴動まで起きてしまっています。反トランプ勢力によるテロ行為の扇動が起きていなければよいのですが。)

 

(2)二つ目は、新型コロナ感染症ウイルスの世界的な大流行による経済への悪影響。

 

(3)三つ目は、中国の不動産、特に中国沿岸部の大都市圏における不動産価格は世界でも有数な高騰を示して高値止まりしているが、ミンスキー・モーメント(庶民の住宅ローン焦げ付きに始まる不動産価格の下落をきっかけとしたバブルの弾ける瞬間)を迎えるといわれている。

 

(4)四つ目は香港問題

詳細は2.香港の項目で記述します。

 

(5)五つ目は、5/29のトランプ米大統領の10分スピーチ

この点も後述します。

 

 

 

2.香港

中国は約束を守らない国といえる。これこそが中国の本質といえるでしょう。

その具体的な例をいくつか挙げて見ましょう。

 

(1)1984年 中英共同声明

1997年に香港をイギリスから中国へ返還すること、50年間は1国2制度を維持すること、などが盛り込まれている。国連も認めている国際約束です。)

 

(2)201912月 アメリカで香港民主人権法案成立

香港の民主主義弾圧を認めない、

違反者は、アメリカ入国拒否、アメリカにある資産の凍結、ドル口座を抑えて使わせない。

香港はアメリカが認める特別関税地位を有しており、アメリカがこの面での制裁を加えると、中国は輸出入の貿易面でうま味がなくなってしまい大きな痛手を受けてしまう。

 

(3)2020522日 中国全人代(日本の国会に相当)において国家安全法を決定。

国家安全法は、扇動や破壊行為を禁止する目的の新しい法で、これが香港に導入されれば

香港は高度な自治を脅かされ、事実上12制度を維持することは困難となる上、中国は1984年の国際約束を不安定なものとしてしまうとして米を筆頭に国際社会は猛反発しています。

 

香港の議員は過半数が親中派であるが、その内の一部親中派でも自由と法治社会を希求する富裕層・議員は、この法律に反対。

 

 

(4)香港特別行政府立法会(日本の地方議会に相当)

70議席のうち30は制限議席で、本土の中国共産党の影響が強い議員で構成される。

残りの議席のうち、民主的な直接選挙で当選した議員の一部はお金持ちで親中派であり、米・加・英のどこかの旅券を持ちいつでも国外に逃避できる。香港人はしたたか。表面は親中派であるが生き残りのため中国による保護で身分と財産維持を得てきた処世術と言うのが真実です。12制度がなくなり中国共産党に統治されたら、香港の富裕層はうま味を失うので、いまは面従しているが共産党統治が始まればすぐ腹背して国外に逃亡するでしょう。自己保存本能と言うのでしょうか、香港人富裕層の取るべき行為は自然な選択肢なのでしょう。

6月上旬の時点では、一般の香港人37%が外国への移民を希望しているといわれている。

結果、お金のない大衆だけが取り残されます。

 

(5)中国共産党幹部のほとんどは米に多額のドル口座による銀行資産があるので、在米の中国人の資産を米政府に差し押さえられると痛い。米中対立における中国の弱点・急所となっている。

 

(6)香港にいる一般庶民の運命は?

考えられる将来像は中国他地区への強制的な移住!

香港人750万人はどこかに連れていかれて、中国人と完全に入れ替わってしまう。

これが中国による裏の政治支配といえるやり方で、その事例はチベットや新疆ウイグルで見られる。

ウイグルの人口は約1,000万人で、既に数百万人がどこかの収容所に連れて行かれているという話があります。

その例から見れば、香港の将来も男性や若者は香港からいなくなり、女性は仮に残ってもわずかであろうと推測され、そのわずかな女性たちも中国本土から来た漢民族の男性と結婚させられてしまうので、純粋な香港人はいずれ消えてしまうということが想定されます。

これは中国政府から見ればきわめて合理的な考え方とみることができ、この考え方は、一般の常識とは少しかけ離れているとは思いますが、それが中国という国なのでしょう。

 

 

3.アメリカの対中政策

(1)米第7太平洋艦隊

空母: ルーズベルト、ニミッツ、レーガン、アイゼンハウワー

現在これら4空母は、乗組員にコロナ感染症患者が発生したことにより、治療回復途上にあって日本・沖縄・台湾方面の西太平洋上における即戦力として実戦稼働できる状態ではない。新たな配備のための洋上訓練中とも言われる。

 

 

(2)トランプ米大統領の10分スピーチ

529日、トランプ米大統領はホワイトハウスでわずか10分間のスピーチをしました。

このスピーチは、対中国宣戦布告を意味するに等しいトランプによる対中口撃と言えます。

 

*中国による国家安全法の香港への導入に猛反発、米民主人権法を適用し香港の監視を強化する

*米国は香港における貿易上の優遇措置を剥奪

(今後関税を課し、香港政府高官の入国制限・在米資産の凍結)

*中国人の入国禁止

(約3千人対象、中国人留学生・研究者で米の技術を盗むスパイと認定)

*中国人の在米資産を凍結

SWIFTによる中国銀行の利用停止には言及せず。国際送金にはこのコードが必要)

*米はWHOから脱退

(米拠出金5億ドル、中国は10分の一の5千万ドル。米は台湾が参加できるような新たな組織を作ることを検討中。)

 

(3)在香港アメリカ領事館の敷地売却

5/29 トランプ米大統領が行った10分スペーチと同じ日に、香港にあるアメリカ領事館が所有する敷地1万平米を売却することとした。

これはアメリカが香港から撤退することを意味している。

 

 

今日はここまでです。

ではまた

 

2020.06.11

萩原行政書士事務所

朝鮮半島情勢

6月9日付のJBPressは、「金与正の恫喝に屈服の韓国、いずれ南北で対日攻勢に」と題して武藤正敏:元在韓国特命全権大使の記事を掲載している。

 

この記事は朝鮮半島の最新動向に関する論評で、元韓国駐在大使であった武藤氏の深い洞察を踏まえた内容となっているところ、いくつか興味を持った点を紹介します。

      *****************       

〇5月31日、韓国の市民団体が、大型風船を使って、北朝鮮の体制を批判するビラ50万枚を北朝鮮に向かって飛ばした。すると、金正恩委員長の実妹・金与正氏が韓国政府を批判する談話を発表。韓国政府に対してビラの散布を中止するよう強い調子で要求した。

 〇北朝鮮のビラ散布中止要求とこれに対する韓国政府の対応は、これまで以上に北朝鮮の威嚇に全面屈服するものである。

 

〇北朝鮮は、金与正(キム・ヨジョン)氏の談話以降、立て続けに韓国に対し圧迫を続けているが、これは北朝鮮の単なる脅しではなく、何らかの意図を持った行動ではないかとの懸念が広がっている。さらに北朝鮮は、韓国に対し日韓離間を促しているようにも思える。北朝鮮は、「尹美香氏を陥れるのは、親日派の策謀だ」との批判をしており、韓国と北朝鮮政府が連携して対日非難を繰り広げる動きにつながる危険性が増していると見るべきだろう。

〇この金与正氏の談話に対して、青瓦台は直ちに反応した。ビラは百害無益だとの立場を表明し、統一部は「境界地域において緊張造成行為を根本的に解消できる実効性のある制度改善方策を既に検討している」として、「対北ビラ散布禁止法案(仮称)」を推進していることを明らかにした。

一方的に北朝鮮に歩み寄る姿勢を示してみせた。

 ただ、開城にしろ、軍事合意にしろ、本来ならそこから恩恵を被るのは韓国ではなく北朝鮮である。それなのに文在寅氏がこの存続にこだわるのは、北との関係促進が文氏の成果だと国民に思わせているからである。こうした案件が対南挑発に使われるところが、文政権の弱点である。

〇韓国が北朝鮮の挑発に屈する姿勢を示していけば、北朝鮮は韓国の譲歩、妥協とは受け止めず、むしろ韓国の弱さの証明として、一層挑発の度合いを高めていくのではないかと懸念される。

〇北朝鮮による、正義連と尹美香擁護の狙い

北朝鮮メディアは、正義記憶連帯(正義連)元理事長尹美香氏の不正腐敗疑惑を口実に、正義連とその支持勢力に対する保守勢力の非難攻勢について、「歴史の真実をまさに打ち立てようとする運動を貶めようとする親日、反人権、反平和の勢力のうごめきだ」と非難した。

告発者である李容洙(イ・ヨンス)氏は文在寅大統領がトランプ大統領を迎えた国賓晩さん会に招かれ、トランプ氏と抱き合った人であり、元慰安婦の代表として、文大統領の行事に4回出席している。

 ところが、文大統領は李氏の涙ながらの訴えにも、党の問題として逃げている。文氏にしてみれば、尹氏に味方しても、あるいは李氏に味方してもどのみち批判されるという思いなのであろうが、肝心な時に逃げ回るのは、まさに文氏らしい行動である。

 同じように「共に民主党」もこの問題には口を閉ざしている。

〇 ただ、「共に民主党」は簡単には正義連を切り捨てられない事情がありそうだ。正義連や挺対協出身者は、政権与党の枢要部に入り込んでいる。現政権の青瓦台首席秘書官や長官クラス経験者の中で、市民団体出身者は既に20人近くいるという。こうした政権の正義連、市民団体とのしがらみが、元慰安婦の中心的活動家よりも正義連を重視する姿勢となって来るのである。

〇こうして見てくると、今の文在寅政権は何が国のため重要かではなく、「左派政権を強化するためには何が必要か」を基準にして、政策判断しているように思われる。これは将来の韓国のため非常に不幸なことである。

〇北朝鮮のような国は、相手が強力であれば一目を置く国である。それを見境なしに譲歩を繰り返していると、なおさら要求が高まってくることが文政権には理解できないのだろうか。

 北朝鮮は、日米韓の連帯を恐れている。

慰安婦団体の問題での「親日批判」はほんの手始めに過ぎない。

韓国の追従、日本との対立を利用してくることが懸念される。

 ただ、これを防ぐことができるのは、韓国の出方いかんである。

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東京都世田谷区在住

萩原行政書士事務所

行政書士 萩原伸一

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どうするの? いま国際郵便が利用できない!

どうするの? いま国際郵便が利用できない!

 

4/28、最寄りの郵便局に行ってアメリカ向けに資料を送ろうとしましたがダメでした。

その理由ですが、確か窓口担当者の方が言っていたのは、424日以降アメリカ向けの国際航空郵便(EMS)の郵便物引き受けを一時停止したということです。

 

先週、郵便局のEMSに関する取扱い情報をWEBで確認した際には、アジアや欧州地域向けには既に取扱いの一時停止はしていましたけれども、アメリカだけは引き受けOKだったのにわずか数日の差で一足遅かったということになってしまいました。

 

国際航空郵便(EMS)の取扱いに支障が生じたということは、新型コロナウイルスの影響により各国が感染症拡大防止のため物流を制限する措置として実施したことによるものでしょう。

 

東京23区の中で最も多い感染者数の出ている世田谷区に在住する者としては、STAY HOME週間を守り基本的には外出自粛をするようにしています。

今回の新型コロナウイルスの影響は、人の交流のみならず世界の物流までもストップさせる事態を引き起こしてしまっているようです。

 

因みに、郵便局窓口担当の方の案内によれば、既に預かっているEMSの郵便物は配達完了見通しまで4ヶ月位要するということで、場合によっては差出人に返却するということのようです。

 

ということで、いま宛先手書きのアメリカ向け国際航空郵便物を郵便局経由で利用するのは、引き受け一時停止のため利用ができない状況です。

でも、国際宅配便のFEDEXDHLはどうでしょうか?

いまチェック中です。

 

今回はここまでです。

ではまたお会いしましょう

 

2020.04.30

萩原行政書士事務所

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どうするの? いま国際郵便が利用できない!

(解決編)

 

前回アップした記事の続きとなります。

4/28、最寄りの郵便局からアメリカ向けに国際航空郵便(EMS)を急ぎ郵送しようとしましたら、引き受けの一時停止によって利用できないことが分かりどうしようかというところまで前回の記事で触れました。

 

今日はその記事の続きで、どうしても資料の原本を急いでアメリカ向けに郵送したいという問題をどのように解決したかというお話になります。

 

郵便局でEMSの引き受けを断られたその日の夜、どうしたらよいか少し落ち込みながらもあれこれ考えました。

 

まず頭に浮かんだのは、郵便局は株式会社であって今や官製ではなく民営化されている、と言うことです。

ということは競争会社があるはずだと思い、すぐwebで国内の国際宅配業者について調べました。

 

郵便物の送付先はアメリカの地方都市(札幌、ミュンヘンと並ぶ世界のビールの名産地)宛てでしたから、米国内での輸送も迅速・確実に配送できる業者が望ましいという条件で探しました。

 

そうこうしているうちに昔アメリカに住んでいた際、現地では日本向けに良くFEDEX

利用していたことを思い出しました。

 

FEDEXは自前の航空機を所有し世界に広く輸送網を拡充しているので、お金はかかり割高感はあるのですが、安心感を高く評価して依頼することに決定しました。

 

WEBで予約申し込みを済ませ、郵便物の引き取りはこちらの都合もあり翌々日とし費用は前払いでした。

引き取り日には担当者が予約した時間通りに来られて、郵便物を手交して終了。

後は追跡調査でチェックするだけです。

 

預けた郵便物は、2日後にアメリカに到着して即配達されました。

本当にあっと言う間に済んでしまったような感じです。

 

これで問題は解決しました。

日本郵便による郵送手段がダメでも、別の方法によって答えを出すことができました。

これでまずは一安心です。

とはいっても郵送の費用がちょっと掛かってしまいましたので、随分割高感がありますけれども、時間をお金で買ったということなので、ある意味納得はしています。

 

今日はここまでです。

ではまたお会いしましょう。

 

2020.05.05

萩原行政書士事務所

 














宇宙の話

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宇宙の話

2020.03.26

 

「ホーキング、人類へ7つの警告」

車椅子の天才科学者ホーキング博士は、宇宙物理に係わる最先端理論の先駆者として人類に対する7つの警告を発しました。

博士は20183月に亡くなる直前まで宇宙に関する解答を準備していたのです。

では早速、その内容について触れていきましょう。

 

◎地球は燃え、火の玉となる

気候変動等がその原因に挙げられる。今から600年以内。

 

◎私たちは入植できる他の惑星を見つけなければならない。200年以内に人類滅亡か。

地球の資源枯渇・隕石の衝突等からのリスク分散のために。

 

◎核兵器が人類を破壊する。100年以内か

 

AI(人工知能)が人間に取って代わる。

 

◎宇宙は終焉を迎える。

宇宙のすべては暗闇の中に消える。

 

◎宇宙人が地球を侵略する。

宇宙人が地球で生存するべく、人類を破壊しようとするか実験用のネズミのように研究するでしょう。

地球にやってくるような宇宙人は人類よりも高度な科学技術を持つ知的生命体でしょう。

宇宙人との交信は慎重にすべき。

 

◎遺伝子組み換えワクチンは、逆効果になる恐れがある。

 

【【 ホーキングの言葉 】】

人は限界を超えていけます。

今はどんなにつらくても、皆さん一人一人に能力があり、成功する力だってあります。

諦めずに探し続けてください。命ある限り希望があります。

 

【神について】アインシュタインとホーキングの言葉

アインシュタイン:神はサイコロを振らない。

(神と表現していますが、神とは自然界の法則を指しているのではないか)

ホーキング:神は存在しない。

 

今回はここまでです。

 
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宇宙7

2020.03.21

 

今日はこの本の紹介と一部の内容(第1章:宇宙の始まり)について、ご案内します。

 

「知れば知るほど面白い宇宙の謎」

たとえばビッグ・バン以前、宇宙に何があったのか?

小谷太郎著、三笠書房発行、20141110日第1刷発行。

 

◎昔、宇宙の全物質はなんと「一つ」だった!?

◎宇宙の95%は、見ることが出来ない

◎「秒速2000KM」で遠ざかる銀河がある!

◎今の「光」は、138億年前の「光」だった?

 

<はじめに>

宇宙の謎が解き明かされてきたのは、ここ100年くらいのごく最近のことです。

今、私たちは、約1万年間の人類の歴史の中でも、138億年間にわたる宇宙の歴史の中でも、「奇跡」ともいえる特別な瞬間に居合わせているのです。

 

<目次>

1章 宇宙の始まり

(1)宇宙は138年前、大爆発とともに始まった。「ビッグ・バン」と呼ばれる大爆発です。

―「ビッグ・バン以前には宇宙はなかった」、「時間も空間も存在しなかった」これが宇宙論です。

―ビッグ・バン時の宇宙は、超高温・超高圧。

―ビッグ・バン以前に宇宙はなかった。宇宙の「外」のようなところもない。

 

(2)約500億光年より遠くは「原理的に観測できない」

―私たちの銀河は「天の川銀河」と呼ばれ、直径約10万光年、1000億個もの構成を含みます。

1000億個の恒星とは、1秒に1個ずつ恒星を数え挙げていったとして、3000年ほどかかってやっと全部数えられるくらいの数です。

―大きさは直径10万光年、光の速度で旅して10万年かかる距離ということです。

光は秒速30KM1秒に地球を7周半するとんでもない速さです。

 光が1365.25日走り続けた距離が1光年、即ち9京KMです。

 天の川銀河はその10万倍の大きさだということです。

―私たちの銀河のお隣と言っても良いくらい近くに浮いているのがアンドロメダ銀河で、その距離はおよそ200万光年。これでも衝突しそうなくらい近くです。

―観測できる宇宙の範囲は、半径約500億光年で、その範囲内に、約1000億個の銀河が浮んでいると見積もられています。

 

 

(3)「秒速2000KM」で遠ざかる銀河がある

1929年エドウイン・ハッブル(1889-1953)によって宇宙が膨張していることが発見されました。

―銀河の速度を測る方法は、「ドップラー効果」が使えます。

―銀河までの距離は、「変光星」の明るさを利用し、「遠くのものは暗く見える」という自然法則を使って求められます。

―銀河の遠ざかる速度は、2倍遠くの銀河は2倍の速さで、10倍遠い銀河は10倍の速さで遠ざかっています。

距離に比例した速度で遠ざかっている「ハッブルの法則」です。

ハッブル定数を利用した計算では、1億光年先の銀河の後退速度は約2000KM/秒ということになります。

1年で約700KMの猛スピードです。

 

(4)昔、銀河は一点に集まっていた!?

―過去にさかのぼっていくと、今逃げ去っている銀河がどんどん近づいてきます。

1億光年の遠方にある銀河は、約150億年の過去には、私たちの天の川銀河との距離がゼロだったことになります。

ハッブルの法則によると、約150億年前、あらゆる銀河が一点に集まっていたようなのです。

―百数十億年も過去にさかのぼると、あらゆる恒星は宇宙を漂うガスでした。

宇宙が摂氏3000度の温度だったころには、あちこちに壊れた原子ばかりの状態だったと推定され、その頃の銀河の距離は、現在の約1000分の1だったころと言えます。

銀河間距離が現在の3400分の1、温度が約9000度になると、とうとう原子核も壊れます。

 

(5)水素とヘリウムーー原子宇宙は意外に単純

―物質の素材である元素、私たちの体は、70%水素と酸素という元素の化合物です。

他に、炭素窒素、カルシウム、リンなどの元素が集まってできています。

この6種類の元素で体重の98.5%を占めます。

―地球は3分の1が鉄でできています。巨大な太陽はほとんどが水素でできていて、4分の1ほどがヘリウムです。

―宇宙全体の元素組成はほぼ太陽と同じで、ほとんど水素、4分の1ヘリウム、他の元素少々となっています。

―原初の宇宙では、水素とヘリウムまでは合成するのですが、それ以上重い原子核は合成できず、その後の恒星内部の核反応によってつくられ、酸素、炭素、鉄など全部そのようにして生成されました。

ビッグ・バンでは、水素とヘリウムまでしか合成されませんでした。

―宇宙の元素組織(上位10元素)は、

水素(重量存在比、0.7057)、ヘリウム(0.2752)、酸素(0.0096)、炭素(0.0031)、

ネオン(0.0018)、鉄(0.0013)、窒素(0.0011)、ケイ素(0.0007)、マグネシウム(0.0007)、硫黄(0.0004)です。

 

(6)ビッグ・バン以前、宇宙に何があったのか?

〇よくある質問

―観測できる範囲が450億光年にしろ、470億光年にしろ、その先はどうなっているの?

―宇宙は結局有限なの?無限なの?

―ビッグ・バンの前はどうなっていたの?

―どうして宇宙は始まったの?

 

〇回答

これらの質問に対する答えはいずれも、「まだわかりません」。

今の人類の知識では答えられません。

その理由は、「量子重力理論」という物理学分野がまだ完成していないからです。

 

今回はここまでです。

ではまた

 
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宇宙6

2020.03.12

 

今日はこの本についての紹介です。

 

「ホーキング、宇宙と人間を語る」

THE GRAND DESIGN

スティーヴン・ホーキング、レナード・ムロディナウ著

佐藤勝彦訳

エクスナレッジ発行、201115日初版発行

 

<目次>

〇この宇宙はなぜあるのか?-存在の神秘

〇自然法則はいかに創られたか?-法則の決まり

〇実在とは何か?-モデル依存実在論

〇すべては無数の歴史の足し上げで決まるのか?-量子論の描く世界

〇万物の理論はあるのか?-無数の宇宙を予言するM理論

〇この宇宙はどのように選ばれたのか?-相対論と量子論の描く宇宙像

〇私たちは選ばれた存在なのか?-見かけ上の奇跡

〇グランドデザインー宇宙の偉大な設計図

 

<訳者あとがき:抜粋>

ホーキングは言うまでもなく「ブラックホールの蒸発理論」や宇宙創生の理論「無境界仮説」を提唱するなど、相対性理論と量子論が深く関わる理論をリードしている研究者である。

 

本書は20109月に欧米で出版され、たちまちベストセラーとなった。

日本の新聞にも、ホーキングが「宇宙は神によって創られたのではなく、物理法則によって自然に作られるのだ。」と書いていることに対して、欧米ではキリスト教関係者から強い反発を受けているというニュースが流れた。

 

これまで数冊のホーキングの著書を翻訳・監訳してきたが、今回の本は哲学的要素が強く、これまでの彼の著書とは趣が大きく異なる。

 

ホーキングは超ひも理論に基づくならばとして、物理法則も空間の次元も異なる宇宙は無数にあり、私たちの住む宇宙はその一つにすぎないと説く。

 

この本の特色は、ホーキングの言うところの「モデル依存実在論」という哲学、科学の見方によって、この宇宙像を明解に描いたことであろう。

 

ひも理論研究者は現在、5つのひも理論が「M理論」というさらに基本的な理論の異なる近似と考えているが、ホーキングはこの5つの理論はセットで完全なもので、単一の理論は存在しないのではないかと強調している。

いずれにせよ本書に描かれている内容は、日常世界の感覚からは奇妙奇天烈なものであっても、最先端の研究者たちが描いている最新宇宙論である。

 

<読後感想>

確かにこの本は現代科学の最先端分野である最新の宇宙論について触れています。

しかし、凡人にとっては常識外の奇想天外な宇宙像が出てくるので、理解するのは難しいと思います。

さらにこの本は、哲学的な考察を加味した「モデル依存実在論」を展開し、「宇宙は神によって創られたのではない」と言及しているために欧米のキリスト教関係者から反発を受けてしまった。

 

私自身は、これまで天動説か地動説かで議論のあった大昔と同じような話を繰り返しているような印象を持っていますが、ホーキングは哲学界に対しては厳しく、「現代において哲学は死んでしまっているのではないでしょうか。」とまで言っています。

 

哲学のレベルが科学のレベルに追い付いていないので、両者で対等に議論を展開することが出来ない。これは悲しいことだと言っているのでしょう。

いずれ真理は研究者によって証明されていくことを期待しています。

 

今回はここまでです。

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萩原行政書士事務所

行政書士 萩原伸一

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宇宙5

2020.03.05

 

今日はこの本についての紹介です。

 

「ホーキング 宇宙のすべてを語る」

A BRIEF HISTORY OF TIME

ランダムハウス講談社発行

2005年9月28日第1刷発行

 

宇宙には始まりと終わりがあるのか?

時間の本質とは何なのか?

時間をさかのぼることはできるのか?

宇宙論の基礎から

最新の学説までをカバーした、

すべてがわかる決定版!

 

この本は、1988年最初の本のタイトル、A Brief History of Time (ホーキング、宇宙を語る)と二文字しか違いません。

つまり、brief(簡潔な)briefer(さらに簡潔な)に換えただけです。

20年近くを経てこの本を執筆するにあたり、理論や観測における最新の成果を書き加え、改訂しました。

この本では物理学のすべての力の完全な統一理論、究極理論を見つけようとする最新の進歩を取り上げます。

特に、ひも理論の進歩や、「双対性」(そうついせい)と呼ばれる一見まったく違う物理理論どうしの調和について解説します。

これは物理学の統一理論の存在を示す理論です。

また、観測の面では、宇宙背景放射探査衛星(COBE)やハッブル宇宙望遠鏡による新しい重要な観測結果を含めました。

 

<目次>

〇宇宙について考える 〇進化する宇宙像 〇科学理論の本質 〇ニュートンの宇宙

〇相対性理論 〇曲がった空間 〇膨張している宇宙 

〇ビッグバン、ブラックホール、宇宙の進化

〇量子重力理論 〇ワームホールとタイムトラベル 〇自然界の力と統一理論 〇結論

 

<訳者あとがき:抜粋>

前の本と比べると、はるかにわかりやすい。専門的過ぎた内容は削られ、より簡潔になっている。丁寧な説明が加えられ、ゆったりと書かれている。

科学の解説書には写真や解説図が不可欠であり、前の本にもモノクロのあっさりした図は含まれているが、この本にはコンピューターで描かれた非常に多くのカラー図版が含まれている。ホーキングの茶目っ気ある性格によるのであろうが、量子論的位置の不確定を説明するため、自分の写真まで用いて工夫している。

 

宇宙論の研究分野は、理論主導から大きく観測主導の時代となる。

その代表的なものが、宇宙背景放射探査衛星COBEWMAPの観測である。これらの観測は、私もその理論の提唱に参与したインフレーション理論と見事に一致、ホーキングの「宇宙の無境界仮説」も同様に支持を得た。

米国NASAの宇宙望遠鏡、ハッブル望遠鏡の活躍も素晴らしい。

従来の観測では何も天体が見えない暗闇の領域を長時間観測することにより、およそ百億光年という遠方に、多くの生まれたての不規則な銀河が浮かび上がってきた。

宇宙論では、光でも到達するまで長時間を要することから、遠方とは、過去、つまり宇宙の始まった頃ということを意味する。

これらの観測により、私たちは今や宇宙の年齢を百三十七憶年と三桁の有効数字で正確に知っているのである。

宇宙の初め、インフレーションの時代につくられた量子的ゆらぎが成長し、現在の銀河団、銀河などの宇宙の構造が作られたという宇宙進化のパラダイムはゆるぎないものになりつつある。

ホーキングの研究分野である理論、とくに量子重力分野でも大きな発展があった。

超ひも理論、および超ひも理論の示唆するブレーン宇宙論の進展である。

今の時点で唯一の有力候補は、この超ひも理論である。

私たちの宇宙は十一次元、もしくは十次元の空間に浮かぶ一枚の「膜」のようなものだというのである。

 

最新の宇宙論は私の常識を超える故か、ここまで数冊の本を読んできても

まだよく呑み込めない、理解の難しいお話というのが正直な印象です。

今日はここまでです。

次回もお楽しみに!


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宇宙の話4

2020.02.27  

 

今回はこの本についての案内です。

 

「ホーキング未来を語る【普及版】」

The Universe in a Nutshell

スティーヴン・ホーキング著、佐藤勝彦訳

アーティストハウス発行 全262ページ 1,400円+tax

 

未来を予測し、自在にコントロールする。

タイムトラベルを自由に楽しむ…

21世紀を迎えた現在、

科学は人類の長年の夢に近づいただろうか?

250点のカラー・イラストを駆使し、

天才科学者ホーキングが宇宙と人類の未来を

縦横無尽に語りつくす!

読者と共に宇宙のすばらしさを分かちあうため、

ホーキングの遊びに満ちたアイデアが満載された

宇宙論のバイブル。

 

<目次>

〇相対論について

〇時間の形

〇クルミの殻の中の宇宙

宇宙にはいくつも歴史があり、その一つ一つがごく小さなクルミにより決まっているのです。

〇未来を予測する

ブラックホール内で情報が失われると、私たちの未来を予測する能力は、どのように弱められるのでしょうか?

〇過去を守る

時間旅行は可能なのでしょうか?

 高度な文明では、過去に戻って歴史を変えることが出来るのでしょうか?

〇私たちの未来は?

私たちの未来は<スタートレック>に描かれているようになるのでしょうか?

生物学的生命や電子的生命は、今後どのようにその複雑性を発達させていくのでしょう?

〇ブレーン新世界

 

<訳者あとがき:抜粋>

2001年、ホーキングに東大安田講堂で講演会をお願いした。

講演題目は、“Brane New World

最もホットな最新の成果を市民や学生に語ったのである。

〇ホーキングは私より何歳か年上になるが、ほぼ同世代である。

1974年、私が博士課程を修了したころ、ホーキングが「ブラックホールの蒸発理論」、

つまり「黒体放射」とよばれる光などの放射を出して消えてしまうとの理論を出したというニュースが伝わってきた。

1993年、ホーキングと協力者ハートルは、「無境界仮説」を提唱。

「果てがないのが、宇宙の果ての条件なのだ!」と、ここでの果ては空間的だけではなく、時間的な果てをも意味している。いわば神の介入なしに宇宙は始まるのだという仮説である。

現在この仮説により量子宇宙が始まり、引き続いて起こるインフレーションによってビッグバン宇宙は始まったというのが、学界のパラダイムである。

1990年、ノーベル財団主催の宇宙誕生会議が開かれた。

参加者は世界トップレベルの研究者30人程度に絞ったシンポジウムで、私も招待を受けて出席し孤立した山中の会議で三食ふくめてほとんどの生活、研究活動を彼と共にした。

 

 

今日はここまでです。

次回もホーキング著の別の本について触れていきますので、

お楽しみに。

 
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宇宙3

2020.02.23

 

今日はこの本についての感想です。

 

「ホーキング、宇宙を語る ビッグバンからブラックホールまで」

著者:スティーブン・w・ホーキング

林 一訳、早川書房 1995.4.15文庫本として刊行。

 

①文庫本の裏表紙にはこんな言葉で紹介されています。

この宇宙はどうやって生まれ、どんな構造をもっているのか?

この人類の根源的な問いに正面から挑んだのが「アインシュタインの再来」ホーキングである。

難病と闘い、不自由な生活を送りながら遥かな時空へと思念をはせる、

現代神話の語り部としての「車椅子の天才」。

限りない宇宙の神秘と、それさえ解き明かす人間理性の営為に全世界の読者が驚嘆した本書は、今や宇宙について語る人間すべてにとって必読の一冊である。

 

②原書は、1988年現代「A BRIEF HISTORY OF TIME」としては発表されました。

ホーキングが世に問い、世界中で読まれ1,500万部の発行部数を誇った超有名な宇宙論に関する一般向け書物です。

宇宙の起源・始まりであるビッグバンから、膨張する宇宙、ブラックホールまで。

宇宙に終わりはあるのだろうか?その運命に関する基本的観念を世間一般の人々にも理解できるよう本書で試みた、とホーキングは言っています。

 

③本書の概要を本の目次から、特に興味のあった項目をご紹介します。

〇私たちの宇宙像

〇空間と時間

〇膨張する宇宙

〇不確定性原理

〇素粒子と自然界の力

〇ブラックホール

〇ブラックホールはそれほど黒くない

〇宇宙の起源と運命

〇時間の矢

〇結論―人間の理性の勝利

 

④一通り目を通した感想は、やはり宇宙論の理論や学説について理解の難しい内容でしたが、何となく漠然とですが、少しは宇宙のイメージが湧いてきたように思います。

個人的には、マクロの宇宙論にミクロの量子論、そして究極の私たち人間生命という宇宙の森羅万象に何かしらの共通法則があるのではないかと、ホーキングの本を読んで感じています。

 

今日はここまでです。

次回もホーキング著の別の本について触れていきますので、

お楽しみに。

 

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宇宙1

2020.02.04

 

今回のシリーズは、個人的に興味もあってハマっている宇宙に関する話です。

いま手元にはホーキング博士の宇宙論に係わる書籍が何冊かありますので、これらの本の案内と感想を交えて触れていくこととします。

 

1.「ホーキング、自らを語る」

著者:スティーヴン・ホーキング

あすなろ書房

 

(1)英国が生んだ車椅子のニュートンともいわれる天才、宇宙についての理論物理学者。ケンブリッジ大学にて約30年間、ルーカス記念講座教授を務め、2009年秋に退官。退官後も研究を続けている。

「ホーキング、宇宙を語る(A BRIEF HISTORY OF TIME:FROM THE BIG BANG TO BLACK HOLES, STEPHEN HAWKING)」(早川書房)は、全世界1,000万部、日本でも110万部を超えるベストセラーとなった。

 

(2)194218日生まれ、奇しくもガリレオの没後300年の同じ日に誕生。

2018314日逝去。76歳。

出生地 英国オックスフォード。

父フランクは、医者で熱帯医学専門。母はスコットランド生まれ、8人兄弟の3番目。

 

(3)戦後ロンドンでの幼少期。オックスフォード大学、ケンブリッジ大学院での日々。

そして運命的な女性との出会い、結婚。21歳の大学生時代にALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病の発症。余命数年の状況で二度の結婚と離婚を経験。死の恐怖と向き合いつつ約55年間過ごし研究を重ねる。

 

(4)不治の病に冒されて余命幾ばくも無いと知った衝撃は大きかった。

どうしてこんな目に遭わなくてはならないのだろうか。

だが検査入院中に向かいのベッドにいた見ず知らずとばかりは言えない少年が白血病で死亡した。痛ましい最後だった。

世の中には私よりはるかに不運な人々がいる。

だったら、くよくよすることはない。

気持ちが塞ぐといつも少年を思い出した。

 

(5)この時期にはよく神経症気味の夢を見た。

病状の診断が下る以前は人生に退屈して、世の中はおよそ無意味に思えてならなかったが、退院して間もなく夢で死刑判決を受け、執行猶予になればするべきことはいくらでもあると、たちまちにして考えが変わった。

自分が犠牲になって人を助ける夢も何度か見た。

どのみち死ぬ定めなら、多少は善いことをしたい。

 

(6)しかし私は死ななかった。

驚いたことに、人生が楽しくなった。

この変化をもたらした本当の理由は、ジェイン・ワイルドと婚約したことだ。

ジェインとはALSと診断された頃に知り合った。

私は生き甲斐を見出した。

しかし、すでに手が不自由で、字を書くこともタイプを打つことも困難だった。

 

(7)カリフォルニア工科大学

体の不自由な人間にとってアメリカは、建物も歩道も便利が良く、その点イギリスよりもはるかに暮らしやすい。研究室の学生を一人、部屋を貸して住まわせた。

この学生は場所の提供と学術指導の見返りに、私の寝起きから食事まで、何くれとなく世話を焼いてくれた。

 

(8)1995年、看護師エレイン・メイスン(二人の子持ち)と結婚。先妻ジェインと離婚しジェインが再婚して9か月過ぎた頃だった。

2007年、介護疲れで精神的負担は忍耐の限度を超えているエレインと離婚。

以後、私は家政婦を頼んで一人で暮らしている。

 

(9)1982年頃に思い立ち、1984年第1稿をあげて、1988年一般向け最新の宇宙論「ホーキング、宇宙を語る」出版。

 

(10)ホーキングの二大研究テーマと言えば、「宇宙の始まり」と「ブラックホール」です。

 

今日はここまでです。

次回は、手元にある別の書籍につき触れていきたいと思っています。

お楽しみに

 
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宇宙2

2020.02.14

 

最初、宇宙論の本に目を通したら、内容がさっぱり分からずこれは難しいなと感じました。

私にとって、宇宙論仮説の考察や根拠となる数式は、とても理解の困難な事柄です。

そのため、ホーキング博士を分かり易く知るために自叙伝に当たる「ホーキング、自らを語る」をまず始めに手に取りました。

彼の生い立ちや人物像に触れて、理解の手助けとなる初級編を頭に入れる為です。

「ホーキング、自らを語る」については、前回の記事で紹介しました。

 

次いで、今回手掛けたのは、宇宙論の内容を理解するにも基礎知識すら覚束ない私は、容易に、かつ、簡単に説明してくれる素人向けの解説書を読むことにして、宇宙論の全体的な概要を手短に把握することとしました。

 

この本がその一つで、竹内薫のホーキング博士についての解説書です。

 

2.「ホーキング博士、人類と宇宙の未来地図」

著者:竹内薫、発行所:宝島社

 

竹内薫はサイエンス作家。NHK Eテレ「サイエンスZERO」でナビゲーターを務めるなど分かり易い科学解説には定評がある。

 

(1)車椅子に乗り、声も音声合成器に頼らざるを得なくなった後でも、ホーキングは精力的に宇宙論の論文を著し続けました。

その頭脳には、無限に広がる宇宙が完全に含まれていたのです。

人間はちっぽけな存在ですが、想像力はこの宇宙をすべて包み込み、なおあまりあるエネルギーでさまざまな物語を織り成すことが可能なのです。

ホーキングという人物は、私たちにとって、人間の頭脳のポテンシャルを最大限に見せつけた存在であると言えます。科学者として世界的に不動の地位を築いた後でも、誤りを恐れることなく新しい理論を構築し続け、地球外生命体を見つける探査計画にも参加するなど、いつまでも挑戦を止めませんでした。

 

(2)オックスフォード大学のユニバーシティー・カレッジで自然科学の学士号を取得。

卒業時に「第1等優等生学位(first class honours degree)」をもらっていて、優等生クラスに分類される出来の良い学生でしたが、本人はぎりぎり通ったと謙遜しています。

 

(3)ホーキングは、核兵器を好ましく思わないため就職先は国防関係を避け、それ以外の省庁や議会の職員を望み面接も受けたりしている。

 

(4)ケンブリッジ大学の博士課程に進み、1965年、宇宙論の研究で博士号を受け、アインシュタインの重力理論と量子論の研究を続ける。

 

(5)ホーキングの科学者としての業績は?

〇アイザック・ニュートン(1642-1727)級の物理学者。

ニュートンは、ガリレオの「落体の法則」とケプラーの「惑星運動の法則」が同じ法則で説明できることを発見、地上と宇宙は同じ法則で動いている、地上と天上界を支配する法則は違う、と人々は思っていましたが、実は同じなんだ、とガリレオとケプラーは同じことを言っているんだということが、ニュートン力学の確立によって示されたのです。

このおかげで我々は地上と宇宙の物理運動は同一の方程式を持いて計算、説明できるということを知っているから、「はやぶさ」のような宇宙探査ロケットをつくることが出来るようになりました。

「ニュートン級」の仕事と言えば、このように人々のパラダイムを根っこから覆すような業績と言えます。

ホーキングもまた宇宙論の分野で物理学者たちの物の味方を大きく変える業績を挙げました。

 

〇ニュートンの次に現れた大物物理学者は、アルベルト・アインシュタイン(1879-1955)です。

一般に宇宙論学者は彼の方程式で計算して予測を行う訳です。それが常識的なアプローチでした。

そんな宇宙論にホーキングは、なんと量子力学を持ち込みました。

量子力学はミクロの世界における物質の振る舞いについて研究する分野ですから、広大な宇宙を扱うアインシュタイン方程式のマクロの世界とは、まるで正反対です。

このような発想の根本が地上階と天上界の法則を同一視したニュートンと同じなわけです。

宇宙はとても大きくて、今も膨張し続けている。ということは、時間を遡れば、宇宙はもともと小さかった。その頃の宇宙の姿を計算するためには、アインシュタインの方程式と量子力学の方程式の両方が必要だとホーキングは考えました。

そして性質の異なる二つの方法論を融合、統一したうえで、宇宙論を唱えました。

それによって宇宙の始まりについて、色々なことがわかってきました。

その業績を称えて、「車椅子のニュートン」と呼ばれているわけです。

 

〇ホーキングの業績でもう一つ大きいのは、ブラックホールに関する発見です。

これもまたアインシュタイン方程式と量子力学の両方を宇宙論に適用することで、わかってきたことでした(ただし、順番としては、こちらの方が先の業績になります)。

 

〇ブラックホールの中は光すら吸い込まれてしまうため見ることはできず、星は年を取るとブラックホールになってしまうので、宇宙はやがてブラックホールだらけになるだろう、と宇宙論の定説では考えられていました。

 

〇ホーキングは、ブラックホールの境界線(事象の地平線)に量子力学を適用し計算したところ、少しだけ光が漏れ出ているという「ホーキング放射」がわかった。

ブラックホールは、エネルギーを放出し失って小さくなっていくはずで、いずれは消滅するだろう、とホーキングは予測しました。

 

〇ホーキングの登場で、ブラックホールの運命は変わってしまいました。

ブラックホールは消滅するとなると、宇宙の終わりについての予想もガラッと変わってくるわけです。

 

〇宇宙の運命について、ホーキングは我々の見方を大きく変えてくれました。

その意味で物理学の歴史に大きな足跡を残したと言えるわけです。

 

(6)天才に贈られた「時間」というプレゼント

 

ホーキングは他の天才たちと同様、「時間」というプレゼントをもらっていた。

〇ニュートンの場合:

大学でペストが流行し、大学が閉鎖され、やむなく田舎に帰省するもやることが無く、時間に余裕が出来て重力について考え、ついに本を出版することができた。

「プリンキピア」(1687年)

 

〇アインシュタインの場合:

大学で研究職の就職がならず、口利きで特許局に働く。

仕事は午前中に片づけることができ、毎日午後は暇だったので、研究に没頭する生活を何年も送る。

 

〇ホーキングの場合:

ALSという難病を通して、結果的に時間がプレゼントされました。

 

(7)「常に最悪を考える」人生観

 

〇人工知能(AI)の進歩に対しては、バラ色の未来が待っているようなことは決して言わず、むしろそのせいで人類は破綻するのではないか、と不吉なことを言います。

 

〇地球外生命(異星人)の話題について、ホーキングは、「こちらからコンタクトを取るのは止めた方がいい」と言います。

地球にやってきた異星人は、格段に人類よりも文明や科学技術が発達しているので、「友達になる」という楽観論ではなく、かってコロンブスがアメリカ大陸を発見した時と同じで、先住民(つまり人類)は虐殺・服従を余儀なくされ征服されてしまう、とホーキングは言います。

 

(8)「ホーキング博士の言葉」

①(裕福ではなかったけれど)素性が妨げになるようなことはなかった。

物理学に出身校や人脈は関係ない。何をするかだけが問われている。

It matters what you do.

 

②病気という一つの出来事がすべてを変えることになった。早死にする可能性に直面したら誰だって人生には生きる価値がある、やりたいことはたくさんある、と実感するものだ。

 

③正直、障害に助けられたこともある。授業を行ったり退屈な委員会に出席することから解放されて、思索と研究により多くの時間を割くことができたから。

 

④私の期待は21歳の時にゼロまで落とされた。

それ以来、すべてが私にとってボーナスなんだ。

My expectations were reduced to zero when I was 21.

Everything since then has been a bonus.

 

(1日のうち、何について一番考えているかと聞かれて) 女性だ。全くの「謎」だから。

Women. They are a complete mystery.

 

 

以上、この本についての感想・紹介は、この辺で終わりとします。

次回、ホーキングの宇宙論に関するお話をお楽しみに。

 

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萩原行政書士事務所

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新型コロナウイルス

2020.01.31

中国から始まり日本でも感染者が出て、今やマスコミ報道は過熱気味の上、都内のあちこちではマスクの売り切れ現象が起きています。

 

武漢に在留する邦人の日本帰国便は、既に3便羽田に到着し、第4便も準備されている由。

感染者は世界20数か国を超えて報告され、WHOもやっと重い腰を挙げました。

私もドイツにある日本大使館で領事業務を担当していた時代に、緊急事態における邦人保護事案について行動案を作成し、在任中に全館協力体制で訓練を兼ねたシミュレーションを実施したことを思い起こします。

 

中国武漢にある海鮮市場が感染症の発信源ですが、皆さんご存知のようにこの市場の近くには中国の伝染病を専門とする研究所があります。

ここではウイルス研究はもちろん、生物兵器として利用できるSARSMERSに鳥インフルエンザを培養・混合のうえ育成して、新型ウイルスの開発も行われているようです。

 

この研究所は、フランスの援助により設立されているという話ですが、世界の感染症研究所で有名どころと言えば、アメリカのアトランタにあるCDC、ヨーロッパのECDC,フランスではパスツール研究所、日本では国際医療研究センターや国立感染症研究所でしょうか。

 

国際医療研究センターは、私の家族がむかしインターン勤務医として宿直までやったことのある懐かしい思い出もありますが、宿泊施設は敷地内にあって24時間常時対応可能となっています。

 

さて、今回の新型コロナウイルス騒動について、世の中にはうがった見方をする意見も出ています。

その意見とは、昨今の香港デモや台湾の総選挙での民意、さらには米中経済戦争から自国民と世界の目を逸らそうという政治的な意図があるのではないかというものです。

願わくば、そうではなく単純に管理がずさんで漏れてしまったという事案であればまだ救われる話でしょう。

 

しかし仮に、意図をもって生物兵器を拡散したとしたら、その行為は人類に対する重大な反逆行為と言えましょう。それほど深刻な問題だと断言できます。決して許されることではありません。

 

核兵器使用も同様ですが、人類破滅の道と言えますから。

 

一昨年に亡くなった「車椅子の天才」宇宙物理学者のホーキングも、人類の未来について語る中で、こういった愚かな行為で地球上の生命体に絶滅の危機を及ぼす可能性に言及しつつ人類が克服すべき課題の一つとして挙げています。

 

今回はここまでです。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

超新星ペテルギウス

超新星ペテルギウス

2020.01.08

 

この年末年始は少しリラックスする時間を持てて、さらには家族温泉旅行を久しぶりに楽しむこともできました。

リラックス状態で暇に任せてネット検索に興じていましたら、気になった記事を見つけました。

 

超新星ペテルギウスの記事です。

 

普段から宇宙の話には興味を持っていましたので、ついつい心を惹かれてしまい、あれこれと関連記事のネットサーフィンを始めてしまう始末でしたが、その概要を皆さんと共有したいと思いブログにアップすることとします。

 

ペテルギウスは、冬の星座でオリオン座の一等星です。

シリウス、プロキオンとペテルギウスで形成される冬の大三角形でも有名ですから皆さんも良くご存知でしょう。

東京の夜空でもよく見ることが出来ますよ。

 

この星が最近少し暗くなって見えますので、今夜にでも夜空を見上げて確かめてみては如何でしょうか。

個人的には、以前に比べて確かに少し暗くなって見えにくくなっています。

当方老体ゆえに目も少し弱っているのかもしれませんが、皆さんの印象は如何でしょうか?

 

このペテルギウス、そのうち超新星爆発を起こして消滅してしまうそうです。

爆発による明るさは、地球から見ると満月の100倍の明るさとも太陽と同じ明るさとも言われ、3ケ月ほど光り輝くようですが、4年ほど経つと消えてしまいます。

 

気懸かりなことは、ガンマー線バーストによる地球への影響です。

ガンマー線は直線状に進むので、地球を直撃するようなことがあれば生命体は全滅です。

でも、幸いなことに軸のずれから直撃の可能性は少ないと言われていますが、確実なことはわからないそうです。

 

いつ爆発するかということについては、今日かもしれないし今から1万年くらいの期間であろうとの予測ですが、地球とは642光年離れていますので、私たちがこの超新星爆発を見ることが出来たら、それは642年前に既に爆発していたということになります。

ということで、地震の予測と同様あまり心配しても始まりませんね。 

人間の時間軸からすると、宇宙の話はとてつもなく壮大でロマンを感じます。

それが私を惹きつけるのでしょう。

 

宇宙というマクロな話に対比される超ミクロの話も不可思議なことばかりですが…。

 

今日はこの辺で失礼します。

本年もご愛読の程をよろしくお願いいたします。

 

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いまの日中関係に思うこと(その十一)

いまの日中関係に思うこと(その十一)

2019.12.11

 

 

⑬隣国としての日本の真の恐ろしさ

中国の研究者 李亜平 氏の表現を借りれば、「日本が我々の隣国として恐ろしいのは、歴史問題上侵略を否認したり、謝罪をしなかったり、靖国を参拝したりという問題ではなく、その国の理性的国家管理、成熟した社会システム、国民の高い素質、深長な国際競争戦略と策略にある。」のです。

だから、「日本との関係において、我々は相手を指弾しても、罵倒しても、憎悪してもすべて無意味」です。「有用なのは、ただ一つ、自分のことに専念すること」です。

 

                        

<読後の感想>

今の日中関係について、近年の出来事から個人的に感じていることを

主にもと中国人であった石 平さんの著作を通じて、「私の共感点」という表現で、ここに書き記してみました。

かといって、いますぐ何か行動するということではありませんが、正直言って、平和ボケしていた自分自身を痛感しています。

 

今は、この記事をアップしながら、むさぼるように関連本を読んでいます。

次の機会には、関連本の読後感想として、宮崎正弘・石平対談「アジアの覇者はだれか 習近平か いやトランプと安倍だ!」を掲載していきたいと思っています。

お楽しみに

 

いまの日中関係に思うこと(その十)

いまの日中関係に思うこと(その十)

2019.11.25

 

⑩日本の戦争が果たしたアジアへの大貢献

極東国際軍事裁判に出席したインド人の裁判官パルも、最終段階の審理終了後、東条英機ら25名の有罪について、長文の反対意見を発表しました。

彼は全被告人を無罪とすべきと強く主張しました。

日本の戦争が自国のイギリス統治を破壊し、アジアを白人統治から解放してくれた功績に感謝していたからです。

 

⑪国辱ともいうべき中国の精神構造

中国は日本に対して「対等」な関係とは認めず、軽蔑し攻撃する姿勢を崩そうとはしない。

日本固有の文化・習俗を無視して、無理やり靖国参拝をやめろと一方的に責めることは、国際的常識における主権侵犯であり、内政干渉です。

また日本精神と、文化への冒涜とも言わざるを得ません。

このような冒涜・軽蔑に快感を感じるという精神構造は、まさに国辱ものです。

 

⑫西欧の識者が見た満州国の真価

―世界的歴史学者のアーノルド・トインビーも

「日本の満州に対する経営進出は、日本が国際社会で存立していくのに不可欠であったので、決して貪欲な行為とは言えない。(略)国民党に率いられる中国と、ソ連と、太平洋にあって人種偏見の強い英語国民が日本を圧迫すると、日本の国際的地位は再び危ういものとなった。」とズバリ喝破していました。

 

―オーストリアの貴族で、国際法学者であるリヒャルト・クーデンホーフ・カレルギ伯は、

日本の満州支配を非難した国際連盟を批判し、満州国の使命について賛辞を送りました。

「いま日本は極東における西洋文明の選手であり、治安の巨厳である。ロシアのボルシェヴィズムと、支那の無政府状態との怒涛を破って立つ岸壁である。」

 

今日はここまでです。

次回は⑬から続けます。

 

今日は東京入管に「永住許可」申請をしました!

今日は品川の東京入管局へ行ってきました。

 

入管の窓口はたくさんの人で込み合うので、

マスクをしてちょっとした重装備です。

 

最近、マスコミでもインフルエンザの流行について

報じられました。

予防接種は、2週間前に済ませているものの

マスクをしていると安心ですから。

 

さて、永住許可申請についてのお話ですが

依頼人は、アメリカ国籍者の男性です。

現在、在留資格「高度専門職」を有していて

既にこの資格で4年ほど経過しています。

 

数年前に日本人女性とも結婚しており、

これからは日本での永住を望んでいる方です。

 

必要書類はすべて揃えて提出し

窓口での書類確認に時間を要しましたけれども

無事に受理されました。

 

審査結果が出るのは4か月ほど後になります。

 

入管局では、今年の機構改革に前後して

この種の在留許可申請には

年金と医療保険の加入状況と支払い実績について

過去3年間の証拠書を求めるようになりました。

 

1~2年ではダメだということでしょうね。

 

審査結果が楽しみです。

正直に言って、早く答えが出ないかなと

待ち遠しい心境となっています。

今日はここまでで失礼します。

2019.11.19

 

いまの日中関係に思うこと(その九)

2019.11.15

 

⑦「謝罪」は罪悪である。

日本人から失われた堂々たる自尊心

国際社会では、他国からの内政干渉に対する弱腰の迎合は禁物です。 

日本が譲歩してあげたら、中国も必ず「大国」ですから譲ってくれるだろうという発想は、日本国内では通じますが、中国人にはまったく通じません。

こちらが譲れば譲るほど、相手は弱点と見做し、もっと強く責めてくるのが中国人の発想です。

「敵が後退すれば、我々は進撃する」のが「孫氏の兵法」の大きな謀略であることを忘れてはいけません。

 

⑧近隣諸国へは一言も謝罪しない中国

有名な文明批評家柏楊氏は、中国人の民族的欠点として「死んでも自分の過ちを認めようとしない」と喝破。

いろいろと理由を述べ立てて、自分の過ちをごまかそうとする。

中国人の自己反省精神の欠如ともいえる。

―朝鮮戦争で中国が韓国に侵入して朝鮮民族に多大な被害を与え民族統一を阻害した罪については、韓国人に一言も謝罪していません。

―ベトナム戦争、さらに遡れば、周辺の国々の支配について、文化的貢献ばかり強調して、謝罪には一言半句も触れていないのが現状です。

―さらに国内において、国民たちに開放後の政治闘争や文化大革命の中で犯した民族的大虐殺、苦しみを与えた残虐な罪に対しては、「四人組」などのせいにして、謝罪はなおざりにしています。

最近日本国内で「妄言」したり、中国・韓国の強硬な糾弾に反発しているのは、中国・韓国の民族主義の刺激によるものと見た方が正しいのです。

 

⑨中国は日本の援助に感謝する心を持つべきだとおもいます。

現在まで少なくとも6兆円に上るという膨大なODAなど、日本の援助を心から有り難く受け止めるべきです。これらを語らずに日本人の戦前の侵略・残虐のみを喧伝するのは、日本に対して無礼というものです。

 

今日はここまで

次回は⑩から続けます。

 

国際情勢を地政学から読み解く!?

2019.11.07

 何気なく手に取って本の表紙を見たら、「世界で多発する紛争の原因がひと目でわかる。

・・・アメリカはなぜ内向きになりつつあるのか?・・・日本は中国の海洋進出に対抗できるか?・・・韓国はなぜコウモリ外交をつづけるのか?・・・最新の世界情勢を読み解くには地政学が有効!」という文字が目に飛び込んできました。

 

少々興味を惹かれて目次を一瞥しサラっと内容を斜め読みしていると、今関心を持っている世界情勢について解り易く解説していて、すっかりハマってしまいアッという間に全95ページを読み切ってしまいました。

 

この本のタイトルは

 

「図解 世界史で学べ! 地政学」

編著 茂木誠 祥伝社 2017年1月10日発行

編著者は駿台予備学校世界史科講師

 

さて、その内容ですが、

地政学の視点から世界史を解き明かし、複雑な国際関係を図解付きで説明しており、

私にとっては世界の動向を深く理解する上で最適な書の一つとなりました。

 

ここではその具体的な記述について、照会を兼ねて少しだけ触れてみたいと思います。

 

◎地政学とは何か?

「世界の歴史には正義も悪もない。各国はただ国家間の生存競争を続けているだけだ。」

 

19世紀後半、ドイツ帝国時代の地理学者ラッツェルは、国家を一つの生命体と見做し、その縄張りとしての「生存権」を主張、「今ある国土の中で自給自足できなければ、国土を拡大していくしか手段はない」と領土の拡大を国家の発展とみる発想で、大陸国家(ランドパワー)的考え方です。

 

ドイツのほか、ロシアや中国が典型的な大陸国家と言えます。

 

逆に、海洋国家(シーパワー)は、資源や食料の不足を貿易によって補おうと考えます。

コストを考えれば、「面」を植民地化していくより、貿易の拠点となる島嶼や港湾などの「点」を支配したほうが効率的です。

でも、海洋国家のやり方が平和的という訳ではありません。

というのも、自由貿易は経済的弱者に犠牲を強いることになりますので。

 

イギリスを代表する地理学者マッキンダーは、「ランドパワーとシーパワーのせめぎあいによって、世界の歴史がつくられてきた。」と述べています。

 

空軍とミサイルで空と宇宙空間に戦域を広げたシーパワー大国アメリカと、ランドパワー大国ソ連が対峙したのが、第二次世界大戦後の冷戦の時代でした。

冷戦に敗れたソ連が崩壊したのちも、プーチンのロシアが21世紀のランドパワー帝国復活を目指しています。

そしてサイバー空間に戦域が広がり、大国化した中国がこれに「参戦」してきます。

 

地政学は、時代やイデオロギーを超えて、大国の行動原理を説明できる最も合理的な理論なのです。

 

<母国の将来を考えた地政学者たちの思考の動機>

【マッキンダー】

イギリスが生き残るには、ランドパワーのロシアを封じ込めなければならない。

【ハウスホーファー】

ランドパワーのドイツが生き残るには、ロシアと妥協して世界を分割するしかない。

【マハン】

アメリカが生き残るには、シーパワー大国への道を選択しなければならない。

 

今日はここまでです。

 

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いまの日中関係に思うこと(その八)

2019.11.01

 

③日本を最もよく知る在日中国人の対日観は、中国内の政府主導の偏見的、意図的日本軽視の見解とは大きく認識を異にしています。

日本を知るほど日本に好意的で、日本に無知な人ほど日本に偏見をもっているのです。

 

④近年の日中関係は、極論すれば中国の「反日」と日本の「友好」という構図で捕らえることができます。

中国の「反日」の原因を一言でいえば、中国の政権上層部の権力闘争や、社会矛盾に対する大衆の不満のはけ口として「反日」が利用され、それが現政権の国策となっているという要素が大きいのです。

中国人には古来「指桑罵槐(しそうばかい、桑を指して槐を罵る)」という行動様式があり、ABを攻撃するのに直接Bを攻めるのではなく、全く無関係なCを攻撃するということが日常茶飯事です。

中国の内部矛盾や葛藤の捌け口として使われたことは、全く日本の不運でもあります。

日本は中国の「反日」にいちいち過敏に反応することも無理に迎合することも、ましてや「友好」などと言っておもねることは、まったくナンセンスだということです。

この見境のない迎合こそが、中国の「反日」を助長する元凶であると認識すべきなのです。

 

⑤中国の過敏な「愛国・反日」に対処する方法は、日本もまた愛国・国益を主張し、相手を納得させていくしかないのです。

 

⑥中国には、「あなたはあなたの道理を説きなさい。私は私の道理を説きます。」という交渉哲学がありますが、日本もこれを援用して自己主張を曲げずに徹底的に対決すべきです。

この意味で、靖国神社参拝、歴史問題、改憲、防衛、核武装などの諸問題で、堂々と凛とした態度で自己主張すべきなのです。

中国とは所詮、実利的国民性を持つ国ですので、日本が強く出ると及び腰になります。

日本という巨大な経済的実利の前では、「反日」もやがて雲散霧消することでしょう。

 

今回はここまでです。

次回は⑦から続けます。

 

いまの日中関係に思うこと(その七)

2019.10.24

 

金 文学さんのプロフィール

1962年 中国瀋陽で韓国系3世として生まれる。

1985年 東北師範大学日本文学科卒

1991年 来日。呉大学、福山大学で教鞭をとっている。

日本を中心に日中韓三か国語による執筆・講演活動を展開。

 

 

著作物

「日本は謝罪してはならない 中国人による中国人大批判」祥伝社黄金文庫

平成18年12月20日発行

本書は中国での出版を拒絶された。

―なぜ一部の日本人は「謝罪」したがるのか

―日本を「鬼子」呼ばわりする中国の奇怪千万

―中国の「国策」としての反日プロパガンダ

―「自虐」の日本人と「超愛国」の中国人

 

(私の共感点)

①まえがき

とかく中国人というものは、自己反省と自己批判を極めて嫌う国民性的欠点を持っていると思います。「歴史を鏡とせよ」と声高く叫びながら、歴史に対して反省しないのが中国です。そして「めったに謝らない文化圏」に分類できます。

 

②今日中国は日本や欧米に学んで、経済的発展は刮目するものの、人的素質の近代化はまだまだ遅れています。

まさに同時代の日中は、日本がポスト近代化の時代であり、中国は近代化途中、内陸部はいまだに前近代化のさなかにあります。

日中の不和は、このような同時代の格差にもあります。

日本人の民度と中国人の民度とは、百年の差があると言えるでしょう。

このギャップがある限り、日中がいつまでもギクシャクするのは容易に予測できると思います。

 

今日はここまでです。


いまの日中関係に思うこと(その六)

いまの日中関係に思うこと(その六)

2019.09.18

 

 

⑮(対中外交の成功例)

 

2012年12月、第二次安倍政権の誕生

内政面ではアベノミクスを始動させ、日本経済を上昇気流に乗せる。

外交面では、対中関係改善を急ぐことはせず、尖閣関係では「領土問題で交渉の余地はない」と明言し、日本側の譲歩を誘おうとする中国の望みを絶った。

 その一方、中国大陸周辺の国々との外交関係の強化に乗り出した。

 

2012年12月、ロシア・プーチン大統領との電話会談。オーストラリア、インド、インドネシア、ベトナム各国首脳とも電話会談し、アジア周辺国との連携を深めた。

安倍外交の政策理念と戦略は、隣国である中国の位置付けに関して言えば、領土問題で日本と争い、「普遍的価値」の共有がまったくない独裁国家である。このような中国は日本にとっての連携相手ではなく、むしろ警戒すべき潜在的脅威で、中国と一定の距離を置いたまま、中国大陸周辺の国との関係強化を進めたことは安倍政権の政策理念に基づく明確な外交方針である。

 

2013年2月、就任後に初訪米し、安倍・オバマ会談でTPP交渉参加を表明。

これはアジア太平洋地域において中国を抜きにした一大経済圏ができあがることを意味する。

 

3.あとがき

「中国から離れ、欧米と連携せよ」と提言する本書の脱稿直後から、日本はこうした方向への動きをさらに加速させている。歴史の教訓を踏まえた本書の思考と提言は決して間違っていない、と筆者(注:著者の石平氏)は胸を撫で下ろしているところだ。

 

今日はここまでです。

ではまた

 

 

いまの日中関係に思うこと(その五)

2019.09.08

 

⑬(対中外交の失敗例)

2006年、第一次安倍政権 安倍首相は就任後すぐさま北京へ飛び関係改善に努めるも政権は短命に終わった。

⑭(対中外交の失敗例)

2009年、鳩山内閣 「東アジア共同体構想」から始まった民主党政権の中国との連携を強く意識した対中外交は失敗に終わった。

最重要国のアメリカとの関係強化をないがしろにしたことが理由の一つで、普天間基地移設問題での右往左往が原因となってオバマ米大統領との信頼関係を壊してしまい、日米同盟に大きな亀裂を生じさせた。

 日米同盟が動揺してしまうと「領土問題」や「歴史問題」などで日本と争っている近隣国は一斉にこの隙を狙い、外交姿勢を強めてきた。

〇2010年9月、中国漁船の尖閣諸島日本領海侵入、違法操業、海保の巡視船に体当たり(古来、中国は海戦で体当たり戦術をよく用いる。)。中国人船長を中国の圧力に屈し処分保留で釈放し、日本の国際的威信は低下。

〇2010年11月、メドベージェフ・ロシア大統領は日本の反発を完全無視し、北方領土への上陸を敢行。民主党政権は形ばかりの「抗議」のみ。

〇2012年8月、李明博・韓国大統領も日本固有の領土である竹島への上陸を強行。

4日後、日本の国家元首である天皇陛下に対するあからさまな侮辱発言を行い、日本という国を思う存分、嘲弄し、貶めてみせたのだ。

〇2012年12月、中国共産党機関紙「人民日報」社開設のニュースサイト「環球網」の論文。

日本民主党政権の外交を「子供レベルだ」とあざわらったうえで、「日本民主党の脱米入亜が失敗に終わった。」と酷評。

 

今日はここまでです。

次回は、⑮から続けます。

お楽しみに!

 

夏祭り

この夏最後と思われる夏祭り
自由が丘で出会いました。

思わず撮影したのは おみこしです。

また、駅近くでは
一見すると 単線
に見える 趣のある風景に
思わずパチリ!

2019.08.31

いまの日中関係に思うこと(その四)

2019.08.15

 

⑧危機は「天の声」の反対へと走った時に起きた

〇世界のどの国の歴史にも、「治世」と「乱世」の周期的な交替がある。

〇日本の歴史に限って「治」と「乱」の交替サイクルに注目すると、実に不思議な

傾向が浮かび上がってくる。

ある種の法則性があるのだろうか。

中国との関わり方に深い関係を持っているように見える。

つまり、日本が中国に深入りしたときに日本国内は往々にして動乱の時代に突入してしまう。

逆に、遠ざかったときに国内は安定し、繁栄を享受できた。

〇日本の政治権力でいえば、中国に深入りした政権は往々にして短命で終わっているのに対して、中国と一定の距離を保った政権は長持ちする、という不思議な現象がある。

 〇清盛の平家政権、室町の幕府政権、秀吉の豊臣政権は短期間で崩壊。

  中国と没交渉か関係の薄い平安時代、江戸時代は安定した繁栄の時代が出現。

 

聖徳太子の「脱中華秩序」の独立宣言こそ日本にとっての正しい道、賢明な選択であることを歴史は証明している。

 

⑨「赤い夕日の満州」がもたらした日本の破滅

⑩靖国参拝中止から始まった戦後の外交敗北

⑪ウルトラ・ナショナリズムに走る習近平政権

⑫21世紀の「新・脱亜入欧戦略」を構築せよ

新世紀の日英同盟関係が日本を救う

 

今日はここまで

次回は、⑬から続けます。

お楽しみに!

 

今日の自由が丘夏祭り

今年も8月1日から4日まで、
東京の自由が丘駅前広場で
恒例の夏祭りとして
盆踊り大会をやってました。

近くの公園では、今年初めて
セミの声を聴きました。

ジージーとなくアブラゼミです。

いまの日中関係に思うこと(その十二)

いまの日中関係に思うこと(その十二)

2019.08.01

 

今回はこの本の紹介と感銘部分の読後感想です。

 

宮崎正弘・石平対談

「アジアの覇者はだれか 習近平か いやトランプと安倍だ!」

2018827日発行

発行所 ワック株式会社

 

<感銘部分>

第五章 朝鮮半島の内ゲバに巻き込まれたら大変

〇中国人にとって、朝鮮半島は「家来」であり「迷惑な存在」

石氏:

家来、子分であると同時に迷惑な存在ですよ。朝鮮半島は、中国をいつも巻き込むんです。非常に厚かましくて、自分たちが困ったときには中国に助けを求める。

しかし、いったん自分たちの立ち位置が良くなると、簡単に中国を裏切る。

厚かましいし、信用できない存在です。

中国人は、本当に朝鮮人を嫌い、軽蔑していて、いっさい関わりを持ちたくないと思っていますよ。

中国人は表面的には反日ですけど、どれほど反日であっても、本心では日本人とは係わりたいと思っている。日本人は親切だし、信用できると思っている。日本人に対して敬意は持っているんです。それに対して、朝鮮人については、家来とみなしている。一応上下の間柄として付き合うけど、人間性は信用してないから、本心では関わりたくないと思っている。

あの半島は大国を利用するのがうまいんです。今の国際政治にもつながりますが、朝鮮半島は大国に対して常にゴマすりをして、歓心を買う。そうやって大国を自分たちに有利なように操ろうとする。

 

〇白村江も日清戦争も、日本と中国は朝鮮半島の内ゲバに巻き込まれた

 

〇金正恩は、朝鮮半島の内ゲバにアメリカと中国を巻き込んだ

宮崎氏:

これまでの話をまとめてみると、朝鮮民族の特質は、

一 内ゲバ好き。

二 大国を巻き込む。

三 主体性がない。

その歴史的文脈から見ると、金正恩もやっぱり大国を巻き込もうとしていますね。

北朝鮮は、アメリカと中国とロシアを巻き込んだ。

したたかと言えば、したたかです。

 

トランプ政権

ペンタゴンにとって在韓米軍は既得権益なので、急激な撤退には反対。

これは米ソ冷戦時代のメンタリティーですけどね。

 

中国

親中派の軍人にクーデターをやらせて金正恩を除去してでも半島が安定すればいいと考えている。

 

朝鮮半島に対するトランプと習近平の思惑はまったく違う。

トランプと習近平が一致しているのは、韓国に対する冷たい見方。

米中ともに韓国にはまったく重きを置いていない。もうどうでもいい存在です。

アメリカは、反共自由主義自陣営だと思ったから、これまで韓国を守ってきたわけでしょう。

だけど、韓国は反共じゃなくて、どちらかというと容共。自由主義と言いながら、あの国は自由主義とは思えませんね。

トランプは韓国を見限っています。

 

この本についての感銘部分の記載は、取り敢えずここまでとしておきます。

ありがとうございました。

いまの日中関係に思うこと(その三)

2019.07.29

 

今回は「石 平」氏のこの本から始めます。

 

「なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか」2013年、PHP新書

 

(私の共感点:概略)

1.序章

多くの日本人の国民的な常識とは、

「中国や韓国は重要な近隣国である。したがって彼らとの関係づくりが何よりも大事だ。」

この「国民的常識」は、本当に妥当なものなのだろうか。

「常識」を疑うことが新しい知的発見と思考の進歩の始まりであるとの前提に立ち、本書の論述はこうした大胆な懐疑から出発している。

 

2.二千年間の日中関係史から最善の「中国対処法」を学ぶ

①中国王朝の冊封体制に組み込まれていた「漢委奴国」

②卑弥呼の朝貢外交

③東アジアの「主役」に躍り出た大和政権

④中国皇帝に「独立宣言」を叩きつけた聖徳太子

「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙(つつが)なしや」

大和朝廷から隋王朝の皇帝宛てに送られた国書

⑤繁栄を極めた平安時代

⑥鎌倉幕府の崩壊を招いた大陸からの「祟り神」

⑦鎖国政策で平和と安定を謳歌した江戸時代

 

今日はここまで

次回は、⑧から続けます。

お楽しみに!

 

いまの日中関係に思うこと(その二)

2019.07.18

 

石平さんのプロフィール

1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒

1988年来日。神戸大学博士課程修了

2007年に日本国籍取得

2008年拓殖大学客員教授

 

 

著作物

「なぜ中国人は日本人を憎むのか」2002年、PHP研究所

【「日中友好」は日本を滅ぼす】講談社

 

「中国人だから見える日中の宿命」2006年、扶桑社

(私の共感点)

中国における長年の誤った反日教育を通して、国民の反日感情と日本敵視は既に一種の

“”宗教的世界観“”となっている以上、いわば「日中友好」というものは既に完全に死滅した。

日中間の経済交流と政治関係のねじれ現象であるが、それはもともと、経済成長の維持とナショナリズムの高揚という二つの戦略目標を同時に達成しなければならないという中国共産党政権の抱えるジレンマから生じた問題であるから、中国共産党政権自体が存続していく限り、根本的な解決法がない。

とくに日本側にとって、どうにかできるような問題でもないのである。

 

今日はここまでです。

次回は、同人著作の以下の本について書いていきます。

「なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか」2013年、PHP新書

お楽しみに!

 

いまの日中関係に思うこと(その一)

              2019.07.07

 近年、日本のアジア外交について、とくに隣人の中国や韓国との関係がギクシャクしているように感じます。

日本人の一人として気懸かりなことばかりが生じているように見えることから、個人的にも何故かモヤモヤとした意識を引きづっていました。

 

このような状況だったからでしょうか、二人の中国人が記した数冊の本のタイトルに興味を惹かれてチラッと眼を通したら、その内容にすっかりハマって幾度も読み直してしまいました。

 

中国人の視点から考察したこれらの書は、日本から見た対中外交の論述に私自身はそういうことか!といくぶん納得の状況となりました。

 

というのも自分で無意識のうちに感じていた現状に不満足な私の感情を揺さぶり、的確に指摘していたばかりではなく、これからどうすべきかについても示していたからです。

 

これらの書は、多くの一般的な日本人がもっている現在の日中関係についてのある種の鬱積した感情に対する明確な回答を示していて、これからの日本の在り方や日本人の一人一人が心すべき指針を示した羅針盤ともいうべき書となっていると感じたからです。

 

まったく目から鱗の状態です。

 

さて、私個人の感想はこれくらいにして、

早速、二人の中国人の著者とその著作本についてご案内していきましょう。

 

一人目は「石 平(せきへい)」さんです。

もう一人は「金 文学(きん ぶんがく)」さんです。

 

このお二人のプロフィールと著作本、

さらには、これらの本の中で私が強く共感した内容については、次回から記事としてアップしていきます。

 

今日はここまでです。

 

今日は研修会です!

今日は研修会に参加

 

624日(月)は、

午後から夕刻まで

日本行政書士会連合会の主催する

研修会がありました。

 

年に数回、全国数か所の会場で開催されます。

今回は東京の研修会で、

ビザのプロと言われる行政書士が700~800名ほど出席していました。

 

どんな会合かというと、

研修内容は、主催者名からも容易に想像できるでしょう。

 

外国人のビザに係わる

出入国在留管理庁への申請取次実務

についてのブラッシュ・アップのためのものです。

 

会の最後に、効果測定テストが行われます。

 

試験に落ちたらどうなるのかと

一寸冷や汗もので、

少し予習もして参加したからでもないのですが、

無事修了証をゲットできました。

 

これでビザ申請のための出入国在留管理庁発行の証明書を

継続更新して入手できます。

 

ほっと一安心の一日となりました。

 

ではまた

 

ビザなしで行ける国 日本は世界第1位に!

ビザなしで行ける国、日本は世界第1位に!

 

2018.12.26

 

日本旅券を所持し世界に観光等の目的によりビザなしで行ける国・地域は、

このほど日本が世界第1位になったと報じられました。

 

日本旅券の持つパワーが世界でも認められたということです。

 

河野外相はこの件について、

「(マスコミからの質問に答え)日本人は不法滞在をしない、礼儀正しい。どこの国に行っても行った先でお金を使ってくれるからでしょう。」との趣旨の発言をしています。

 

かって外務省職員として海外にある日本大使館・総領事館で旅券発給業務に係わった者としては、「さもありなん・当然の結果でしょう」という感慨にふけり深く感動しています。

 

これもすべては日本人である先人たちが長年にわたって築いてきた素晴らしい功績と言えるのかもしれません。

ミャンマーとの国境地帯


雑 感
2018年9月20日

 

今週はミャンマー在住の日本人の方とビザ申請に係わる打ち合わせをする機会がありました。

 

打ち合わせの中で雑談的な話から現地の実情を伺うことができ、日本では余り知られていない話題もいくつか出てきて、私にとっては興味のある内容でもあったので、ここに備忘録として記しておくことにします。

 

私にとって最も興味を引いた話題とは、

ミャンマーと国境を接する隣国地帯に住む周辺住民のお話です。

 

皆さんご存知のように、ミャンマーとバングラデシュとの国境地帯にはいわゆるロヒンギャといわれる人々が住んでいて、この人々は多くがイスラム教徒のようです。

 

ミャンマーは仏教の国なので大多数のミャンマー人は仏教徒でしょうから、イスラム教徒はマイノリティーということになります。

 

イスラム教徒であるロヒンギャの人々は、多数派の仏教徒でもあるミャンマー人に比べれば少数派で色々と軋轢があるのでしょう。

お隣の国バングラデシュに避難民として流入してはミャンマーに追い返される、という事態が発生していて、この事実については日本でも報じられています。

 

もう一つ興味を引いたお話は、ミャンマーと中国との国境地帯についてです。

 

この地域一帯には昔中国の共産党と国民党とが争っていた時代に、台湾に逃れた国民党の人々の他にミャンマー国境周辺に逃れた人々もいました。

 

この中国・ミャンマーの国境周辺に逃れた人々が武装勢力となって地域一帯を事実上支配しているようです。

 

麻薬の栽培・密貿易で潤沢な資金を有し、この資金を使って中国から武器・弾薬等を調達している模様で、軍事力を持った一大武装勢力となっているといわれるこの地域には、

中国もミャンマーも本気で手を出そうとはしていないとの内容でした。

 

以上が私にとって興味を引く事柄でした。

平成29年度行政書士試験の結果

所属する日本行政書士会連合会の月刊誌4月号に昨年11月に行われた試験の結果が掲載されていました。

 

それによると受験者数4万人強のうち合格者は、6,360人で合格率は15.7%となっています。

 

合格者数の一番多いのは東京都で1,697人、次いで大阪府587人、愛知県404人と、主要都市に集中していて、一番少ない県は十人台で秋田県、福井県、鳥取県、長崎県でした。

 

合格率ではトップが東京都と和歌山県の18.1%で、10%を切る一けた台の県は秋田、山形、徳島、佐賀、長崎、熊本、宮崎の7県という結果です。

 

詳細についてご関心をお持ちの方は、(一財)行政書士試験研究センターホームページ

https://gyosei-shiken.or.jp/)をご覧いただければと思います。

 

目黒川の桜

この週末、目黒川周辺に咲く桜を見に行ってきました。

写真を撮った場所はJR目黒駅からは少々ありますが、バスを利用するほどではないでしょう。私は逆方向から目黒行バスで大鳥神社前までやってきましたが…。

目黒通りにかかる目黒新橋を起点に、東横線の中目黒駅方面に向け、満開の桜を愛でながら散歩がてら撮影しました。

当日はお天気も良く週末の午後ということで、街の周辺はのんびりとした雰囲気が漂っていました。

川沿いの道を行きかう人々の中からは、アジア系外国人と思われる観光客の声が結構聞こえてきました。

道すがら金髪の女性数人が全員和服姿で歩いているのを見かけました。皆さん背も高くばっちり着物を着こなしていて、桜吹雪の中を行くその姿はまるで天女のようで、ついついカメラを向けそうになりましたが、そこはお上りさんではないのでじっと我慢して只々見送るばかりでした。

なお、初めての動画撮影はどうもうまくいかなかったようで、動画アップはこれからの宿題です。
また一つ課題ができました。You tubeへのアップはいつになるのか楽しみになってきました。

以上、目黒川の桜でした。

行政書士の意見交換会に参加

3月18日の日曜日、東京神田で開催された行政書士の意見交換会に参加してきました。

参加者は主催者側を含めて30名ほどで、会の前半は外国人雇用に関する入管業務のお話。

後半はブッフェ形式の懇談会となり、あっという間に時間が過ぎて会は終了です。

 

参加者のおよそ半分が新しく行政書士となった若い方々で、残りは企業や役所関係を退職し行政書士登録をしたOBの方々です。

 

若い方にはそのエネルギーと前に向かっていく積極的な姿勢・行動力に魅せられ、OBの方々にはこれまで歩んできた社会での経験談にすっかり感心させられました。

 

私にとっては、その全てが心地よい刺激となり、これからも明日に向かって元気に歩むことができそうな一日となりました。

知って得する! ふるさと納税

昨年12月年の瀬のある日のことでした。

それは若い女性歯科医師さんと雑談中のことです。

彼女は、毎年、税金(所得税・住民税)やら年金、健康保険料等で

結構な額を支払っているそうです。

 

税金はしっかり取られるし、自分達の世代は

十分な年金が支給される保証もないので、

義務とはいえ嫌になってしまうそうです。

 

そのうちに話題は自ずと

如何に上手に節税するかという話になりました。

 

その話の中で「 ふるさと納税 」について

結構人気があるけどどんな仕組みになっているのかということになって、

ちょっと調べてみました。

 

今はネット検索ですぐ答が見つかります。

本当に便利な世の中です。

 

見つけたのは、税金の控除限度額が簡単に分かる

シミュレーションでした。

年収や家族構成を選択しタップして

はい完了です。

 

大まかな限度額でしょうが、

実質自己負担額2,000円で

何万円(人によっては十数万円)もの税金が、

所得税と住民税から控除されるのです。

 

皆さんも是非活用を検討されてみてはいかがでしょう。

極めて興味のあるお話だと思います。

 

でも住所地の区役所では、

その分税収が減ることになるので、

あまり良い気分ではないでしょうね。

日本の風景写真

これまでにもヨーロッパ・アルプスの山岳風景写真を掲載してきておりますが、日本の写真も少しは載せていきたいと思い、ここにいくつかアップしました。
ちょっとしたお茶タイムの息抜きにご覧になってください。
これからも大自然を中心にした写真をご案内していきます。
富士山
冬の北海道で
桜と鳥
にほんざる

近所の梅+イラスト

近所に咲いていた梅の花が綺麗だったので、
イラストも交えてアップします。
近所に咲いていた紅白の梅
近所に咲いていた紅白の梅
近所に咲いていた紅白の梅
梅の花:イメージ

将棋~史上初の中学生棋戦優勝

2月17日(土)、中学生の将棋棋士・藤井聡太五段は、第11回朝日杯将棋オープン戦において準決勝で羽生永世7冠を破り、午後引き続き行われた決勝戦で広瀬八段と対戦、午後四時半ころ藤井勝ちにて棋戦優勝を果たしました。

 

史上最年少の中学生によるプロ棋戦優勝と史上最速の六段昇段を実現!!

 

ついこの間、プロ四段として将棋界にデビューし、先日プロ棋士の順位戦C2組を勝ち抜き五段になったばかりの藤井聡太さん。

 

五段になってから、たったの16日間で

今回の棋戦優勝を果たし、六段に昇段しました。

 

あっと言う間の昇段です。

驚き、桃ノ木、超速の昇段は、史上類例を見ない現実となって現れました。

 

本当にすごい人が将棋界に現れたものです。

これからの将棋棋士 藤井聡太六段に大いに期待したいです。

世間の関心もこれからますます注目されていくこと必須でしょうね。




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 152-0035 東京都目黒区自由が丘1-14-2-504

萩原行政書士事務所

行政書士 萩原伸一

Tel & Fax: 03-6421-1920

E-mail: visa.hagi@gmail.com

HP: https://www.visahagiwara.com

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中国による尖閣諸島奪取?3つの作戦

12月16日の産経新聞WEBニュースに

中国による尖閣諸島奪取作戦に係わる記事が載っていました。

 

ワシントン駐在客員特派員の小森義久氏執筆によるもので、その概要は次のようなものです。

 

この尖閣諸島奪取作戦については、米国議会の「米中経済安保調査委員会」が11月に公表した2017年度報告書に明記されているようで、中国が日本の尖閣諸島を軍事攻撃で奪取する作戦計画を進めているという米国議会機関から発せられた警告です。

 

同報告書では、中国では既に少なくとも3つの作戦を立案しているとしていますので、その作戦については一体どんなことを中国は考えているのか大変に興味があるので、ここで簡単に記事を引用してご紹介しておきたいと思います。

 

 

第一は中国海警が尖閣を自国領とみなしての巡視や陸地接近を拡大し続け、日本の海上保安庁巡視船を消耗戦で疲弊させ、隙を突き、軍事攻撃ではなく視察や監視という形で上陸する。

中国側は近くに海軍部隊を配備させておくが、あくまで戦闘は避ける姿勢をみせ、尖閣諸島に中国側としての公共施設などを建て始める。日本側はその時点で中国のその行動を許して、尖閣を放棄するか、軍事的行動でその動きを阻止するか、という重大な選択を迫られる。

第二は「軍事演習の偽装作戦」である。第一の方法が成功しなかった場合の作戦で、中国軍は尖閣近くで中国海警を含めて大規模な陸海空の合同演習を実施し、日米側にはあくまで演習と思わせ、その意表をついて一気に尖閣に奇襲をかけて占拠する。実態は「短期の鋭利な戦争」とする。

第三は「水陸両用の正面上陸作戦」である。台湾侵攻のような正面からの尖閣上陸作戦で、中国軍は尖閣規模の離島への上陸用舟艇も、空挺作戦用の戦略的空輸能力も、ヘリでの急襲能力もみな十分に保持している。その総合戦力を正面から投入し、尖閣の完全占領を図る。日米両国部隊との正面衝突も辞さない。

 

以上ですが、全く物騒な世の中になったものです。

北朝鮮問題(武藤元駐韓大使の寄稿文)

北朝鮮問題(武藤元駐韓大使の寄稿文)

 

12月11日(月)、武藤正敏元駐韓大使は『「北朝鮮4つのシナリオ」、最善は内部崩壊か』

と題した記事をダイアモンド・オンラインに寄せています。

 

この中で武藤元大使は、北朝鮮の核問題は各国の立場・対応がばらばらで、いまだ解決の道筋は立っていないとしつつ、いくつかのシナリオを例示して日本にとってのメリット・デメリットを分析している。

 

年の瀬に寄せられたこの記事は、2018年の北朝鮮問題を日本から見た視点で占う意味で、極めて興味深い内容を示唆しています。

 

寄稿文の詳細に関心をお持ちの方は、同大使の寄稿文を見ていただければと思います。

WEB記事は下記のURLにあります。

 

http://diamond.jp/articles/-/152397

 

 

驚き!中国の世界戦略(尖閣諸島の次は沖縄?)

これまで中国の世界戦略について

11月24日の記事で

 

「2020年までに台湾進攻の準備を終え、日本の尖閣諸島奪還の時期は2040年~45年を計画。2050年には日本全体が中国領の特別区として占領されている。」

 

ということについて触れてきました。

 

今回はこのお話の続きです。

 

尖閣諸島の次に狙われるのは沖縄?

まずは沖縄本島から離れている離島辺りから目をつけてくる可能性が高いです。

具体的に考えられるのは、大東諸島!

 

沖縄本島から300KM以上も離れていて有事の際には救援に駆け付けるのに時間がかかってしまいます。

 

大東諸島は日本全国に広がる過疎化による衰退ばかりではなく、隣国による目に見えない国防上の脅威にも晒されていると言えるのではないでしょうか。

 

サトウキビの島として有名な南大東島

日本国内で砂糖が生産されているのは、沖縄・鹿児島・北海道

この三県で国内生産の約100%となっています。

 

ところで、みなさんは砂糖しか産業のない小さな島を狙う意味はないと思うかもしれません。

でも、世界の歴史上、砂糖や胡椒を巡って戦が起こっているのは事実ですし、周辺の海洋資源を求めて他国が侵略してくる場合は考えられます。

 

他国の正規軍による正面からの侵略は考えにくいので、何らかの形態での進出・侵略を目指してくるのでしょう。

日本国内の過疎化や離島経済の崩壊に伴う他国からの日本国土防衛の危機は、アメリカに頼ることはできませんので、日本自身で守っていかなければならないでしょう。

 

これは単なる想像上の問題ではなく、近い将来起こり得る現実の可能性です。

時間が答えを出してくれるでしょうが、それまで待っていても良いのでしょうか。

後の祭りにならないように、相応の準備は必要ではないでしょうか。

 

 

驚き!中国の世界戦略:AIIB(その2)

 

<<その2>>

 

欧州の参加は、まるで19世紀後半の欧州列強によるアジア植民地化政策に似通った匂いを感じます。

当時はイギリスに代表されるように、インドを支配して、次にアヘン戦争やアロー号事件という砲艦外交により中国清朝から莫大な利益を上げ、他の欧州諸国もそれに続きアジア侵略をほしいままにしました。

幸い日本は植民地にはなりませんでしたけれども。

欧州諸国は、アジアで甘い汁を吸った古き良き時代に起こったことが夢のようで、すっかり身に染みてしまったのでしょうか。

今でもアジアはお金儲けのできる地域と心の奥底にインプットしてしまっているのでしょうか。

欧州から見れば、地理的にも遠いアジア(日本は極東ともいわれる)ですし、アジア文化圏特有の感性に対する理解は現代でも今一つなのかもしれません。

こういった背景が今回の英・仏・独によるAIIB参加となり、あわよくばアジアでもう一儲けしようと思っているのでしょうね。

果たして現在のアジア、特に中国についてよく理解されているのでしょうか、騙されてはいけません。後で泣きを見るようなことにならなければと他人事ながら懸念しています。

 

一方、日米はどうだったかというと、欧州諸国とは違いADBに対抗するAIIB参加にはアメリカが反対し、日本も参加しませんでした。

 

この状況について中国は日米の不参加を想定済みで、逆にそれによって日本を(可能な限りアメリカをも)アジア経済の蚊帳の外に置く環境を作り、中国主導で世界経済を引っ張っていくという大構想を暗に示していることは歴然としています。

 

なお、この投資銀行は放漫経営で数年後に行き詰まる懸念もあると専門家の間では噂されているようで、果たして新しく中国主導で創設されたAIIBはこれからどうなっていくのでしょうか。

 

日米のADBか、はたまた、中国のAIIBか。

どちらが勝ち残るのか今後の動向が注目されます。

 

 

驚き!中国の世界戦略:AIIB(その1)

前回のブログで「中国による尖閣諸島奪還の時期は、2040~45年を計画している」ということについて触れました。

 

中国はそれ以外にも世界戦略のための手段を着々と打っています。

 

本当に驚くことばかりですが、今回話題にするのはその一つで、

中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)です。

 

では早速このAIIBについて見ていきましょう。

 

中国はAIIBを利用して日米主導のアジア開発銀行(ADB)を凌ぐ経済分野での勢力拡大を目指し、ひいては経済面での世界支配を目論んでいるのでしょうか。

 

アジアインフラ投資銀行とはどんな銀行なのか。

 

AIIBは、中国が2013年に提唱、2015年12月に発足し翌年1月に開業式典を行いました。

資本金は1000億ドル(約12兆円)規模を誇り、その役割はアジアにインフラを整備していくためのお金を貸す銀行です。

当初57か国でスタートしましたが2017年には70か国・地域に、更には85~90か国に拡大する見込みと言われており、

この種の既存の銀行である日米が主導するアジア開発銀行(ADB)の67か国・地域を上回る参加国となっています。

 

将来、世界で最も経済成長が期待される地域は、アジア、中東、アフリカと言われていて、アジアのインフラ整備には年間100兆円のお金が動くと見られており、投資国にとっては極めて魅力のある巨大マーケットとなります。

 

日米主導のADBが環境や貸し付けのハードルを高くして乱開発を抑制しようとしている点に目を付けた中国は、逆に、貸付基準を甘くして楽に借りられるようにすることによって、ADBよりAIIBを多く利用できるようにしました。

これには開発途上の国は飛びつくでしょう。

また、お金を持っている投資国も金儲けの好機とばかり出資するでしょう。

おいしい話ばかりのように見えますが、中国の巧みなところは、AIIBに参加しないと資金利用のインフラ工事には入札できないという条件で投資国を縛ったことです。

 

中国は「AIIBに参加すれば、アジアのインフラ整備でお金儲けができますよ」という甘い言葉で誘導して、イギリス、フランス、ドイツを加盟させてしまいました。

それに影響されてオーストラリア、ロシア、ブラジルも雪崩を打ったように加盟、アジアでは、アメリカから加盟しないよう説得を受けていた韓国や南沙諸島問題で中国と対立しているフィリピンのほかベトナム、台湾も参加しました。

 

驚き!中国の世界戦略

トランプ大統領のアジア歴訪も一段落しましたが、

やはり米中関係が一番注目されていたようです。

 

アジア歴訪直後の時期でもあり、これに興味をもって

今後の米中関係に関するWEB記事をネット検索していましたら、

将来の中国による世界戦略に係る記事に目を奪われました。


というのも、日本人にとって対岸の火事として他人事のように

知らぬとばかり言ってもいられない記事が目に入ったからです。

 

まず一つ目は、今年10月アメリカで出版された本についての記事です。

記事によれば中国の習近平指導部は、

2020年までに台湾進攻の準備を終える。

更に、日本の尖閣諸島奪還の時期は2040年~45年、

を計画しているというものです。

 

次いで二つ目です。

これは皆さんご存知のことかもしれませんが、

中国外務省から流出したといわれている

「2050年の国家戦略地図」のことです。

確か2014年頃に話題になったもので、

台湾、朝鮮半島、インド、ベトナム、日本までもが

中国の領土として記載されていて、

ほかにもインドネシアやオーストラリアを含むアジア太平洋地域が

すべて中国のものとなってしまっているのです。

 

今回のトランプ・習近平による米中首脳会談でも

太平洋を米中で二分する(太平洋のハワイから東部を米国が、西部を中国がとるという提案)アイデアについて

中国側の戦略を滲ませているようでした。

 

日本から見れば、

尖閣諸島は2040~45年に中国領になってしまい、

2050年には日本全体が中国領の特別区として占領されている

ということになります。

 

さらには、地球上で未だに国家により支配されていない地域である

宇宙の征服や

IT社会におけるサイバー攻撃が

中国政府によって強力に推し進められているとのこと。

 

さすがにこれにはびっくり

知らぬ顔もできません

 

このブログを書いていて強く思うのは、

日本の国のことや、みらいのカタチを

しっかりと見据えて判断し行動できる、

日本人の一人一人になっていくことなのかな、

という意味で

まずは自分自身の考え方を

少しは纏めておかなくては

ということでした。


中東情勢が日本にも影響!

中東情勢が日本にも影響!

――石油の話ではありません――――

 

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<その1

 

最近、国際情勢について思うこと・感じたことです。

 

藤井厳喜(ダイレクト出版)氏の講演録を読んで、

私自身が目から鱗でショックを受けた内容について、その一部を紹介しつつ、国際情勢の日本に与える影響に関してここに触れてみたいと思います。

 

 

2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生。

首謀者はアルカイダのオサマ・ビンラディン

 

ビンラディンはその後逃げ回り、10年余りが経過した。

 

2011年5月2日、アメリカによるビンラディン暗殺

 

ビンラディンは、潜伏先のパキスタン北部アボタバードにあるパキスタン軍の士官学校のある軍都に隠れて住んでいた。

 

状況的には、パキスタン軍がビンラディンを匿っていたという可能性が高い。

 

アメリカは、パキスタンに情報を一切伝えず、独断専行で暗殺を実行した。

 

その理由について当時のCIA長官は、「パキスタンに通告すればアルカイダに筒抜けになる」と発言。

 

パキスタンがビンラディンを匿っていたことで得をした国の一つが中国と考えられる。

 

パキスタンは、(インドと犬猿の仲であるため敵の敵は味方とばかりに)中国から核技術を教えてもらっていて(インドに対抗するためか?)、まるで中国の属国みたいになっている。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――
 

<その2>

 

中国からすれば、

アメリカが中東に軍事力を集約して向けていれば、

アジアを含むその他の地域には手が回らないであろうという計算がある。

 

その状況証拠として挙げられるのは、

 

2013年9月10日、オバマ大統領がシリア問題に関連して

「アメリカは世界の警察官ではない」

旨の発言をしたことが切っ掛けであった。

 

その数か月後には

中国の南シナ海埋め立てが目立たぬように始まっており、

結局、軍事要塞化されてしまっている。

 

また、翌年の2014年3月には

ロシアがクリミア併合を強行して

実力行使による支配を世界に示している。

 

日本から見れば、

中国の東シナ海への脅威はますます増大しているといえるでしょう。

 

既にガス油田開発と称した東シナ海への中国の進出により、

油田の大半は中国に支配されている状況となっていますが、

日本側の対応はまったくという程まるで目に見えてきません。

どうなっているのでしょうか。

―――――――――――――――――――――

 <その3>

 かような状況ですから、

日本にとっての当面の脅威は、 

 

もちろん北朝鮮のミサイル・核問題は喫緊の課題ですが、

 

中・長期的には尖閣諸島への中国による進出こそ

日本の領土を脅かす侵略の脅威と
なってくるのではないでしょうか。


これらの事象は、

中国もロシアも大国としてアメリカの動きを常に注視している証拠であり、

国際情勢は大国同士の力関係を背景として動いている

のが現実であるということでしょう。

 

その行動原理の根本には、

常に政治・軍事・経済等をバックにした国家の総合力で

世界を強権的に支配していく在り様が目に見えるようです。

 

強権力によって世界を支配していくというやり方は、古来より人類社会では当たり前のようになっています。

 

でもこのやり方には、限界があるように思います。

 

強権的な支配には限界があるということは、これはもう言わずもがなで、これまでの人類の歴史が答えを示しているのではないでしょうか。

 

そういう観点からは、何か別の、力による支配ではない他の方法手段がないかと考えさせられてしまいます。

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<その4>
 

今このように書いていて思い出したのは、古代中国に現れた英雄の項羽と劉邦の二人の事例です。

武力による支配を行った楚の国の貴族出身で武の人として知られる項羽と

人の意見をよく聞き人間関係を大事にして仁にして人を愛す(酒と女性をこよなく愛す)ともいわれた農民出身の知の人として知られる劉邦のことです。 

二人の闘いは、

まず一歩先んじたのが項羽で、秦王朝を倒し、故郷の楚を中心に覇王となって中国を支配します。

一方、劉邦は56万の兵を集め一時期項羽を圧倒しますが、3万の項羽軍に敗れてしまいます。

最後は、四面楚歌で有名な垓下の戦いにおいて、10万の項羽軍は劉邦軍60万の軍勢に囲まれて勝敗が決します。

 

項羽は、生涯正妻を持たず、絶世の美女と言われた虞美人と共に天の運命を知って亡くなっていきます。

劉邦の魅力は、人を惹きつけるという点で、民心を得るものが天下を得るといわれるゆえんでしょう。


古代中国の二人の英雄伝にこのようなことを感じました。

 

日本でも戦国時代に甲斐の国の武田信玄が、「人は石垣、人は城」と言って将たる者のあり方を示していたことや

アメリカはリンカーンの有名な言葉、「人民の人民による人民のための政治」も思い出されます。

 

人間社会では、圧倒的に強権的な力による支配ではなく、人の魅力によって築かれる人間関係こそが国家・社会という組織の永続性にとって極めて大切なのかなとつくづく感じている今日この頃です。

 






韓国外交はどこへ向かっているのか

今の韓国・文在寅大統領は、どのような思想・哲学を持っているのでしょうか。

これからの韓国と国民を何処へ導こうとしているのでしょう。

一体韓国外交はどのような方向に進むのでしょう。

これらの疑問について、幾つかの日本のマスコミでは従北・親中であると報じています。

トランプ大統領の訪韓でもはっきりしましたが、北朝鮮の核・ミサイル開発に対する対策として日・米・韓の三国による協力関係が問われるなか、日本との同盟はない趣旨のトーンをより鮮明に打ち出しています。

これの意味するところは、文在寅大統領の外交といえば日・米・韓の三国協力ではなくて、従北・親中の路線を選択している、ということになります。

韓国は国内世論によって大統領が交代してしまった国です。

世論の後押しによって大統領選挙に勝利し、新しく大統領となった文在寅氏は、そういった背景もあって世論に大きく左右される指導者と言えそうです。

どこの国の指導者も自国の世論や国民の支持率を気にしているとは思いますが、良き指導者は時に国民世論から強い反発を受けても国家のために強力な外交政策を推し進めなければならないことがあります。

国を導く強いリーダーシップが求められる時に、それをなしきれることこそが一流の指導者たるゆえんでしょう。

こうした視点から今の韓国外交を見ると、大統領の思想・哲学は従北・親中、更には世論に振り廻されている状況が手に取るように理解できます。

韓国の未来にとって、その選択肢が良い結果をもたらすこととなるのでしょうか。

これからも冷静に行く末を見つめていきたいものです。


約2億5千万年後の地球!? 

 

世界よもやま話(約2億5千万年後の地球!?) 

<その一>

 

 

今日は、これまであまり記事にしてこなかった 

我々の生きているこの地球や

 

あらゆる生命、そして宇宙に係わる話を

 

ちょっとだけ書いてみることにしました。

 

 

宇宙と生命については 

何故か興味があるものですから、

 

自分なりに感じていることを

 

いずれシリーズもので

 

雑多な感想ではありますけれども、

 

色々書き記してみたいと思います。

 

 

ついこの間、宇宙に関するTV番組で、 

地球の寿命や人類の未来について放映されていて、

 

この番組に触発されたのか私は、

 

その印象を自分なりに文字にして

 

触れておきたいと思い経ちました。

 

 

これが今回記事にした一つのきっかけです。 

 

さて、いよいよ本題に入ります。 

 

物質は、すべて生まれては消滅していく定めにあるようです。 

地球にしても人類にしても物質である以上、

 

この法則からは逃れられないのでしょう。

 

 

この宇宙の中で地球が生まれて自然消滅するまでには、 

120億年だと言われています。

 

 

地球上の人類の運命も、 

当然と言えば当然なのですが、

 

この地球の寿命に大きく左右されることになります。

 

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<その二>

 

 寿命120億年の地球を、

 

 分かり易く10億年を1時間とした

 

 12時間時計で表すとします。

 

 
すると、地球時間で0時に地球は生まれ、

 

やがて熱地球の表面が冷やされて、

 

地球内部のマントルが熱膨張により地球表面へと噴出して、

 

地表に噴出したマグマが長い時間をかけて陸地を形成していきます。

 

 

さらに長い年月を経過して、 

マントルによる地殻の変動と長期間の火山活動や氷河期によって、

 

その上に短期的な地震や津波、隕石の落下等によって、

 

 

地球は今日われわれが知る状態となっていきます。 

 

そうこうしているうちに 

幸運にも地球には生命体が生まれてくるのですが、

 

これは奇跡ともいえる巡り合わせ

 

であることがわかります。

 

 

でもある意味、 

地球に生命体が誕生したことは、

 

宇宙の自然の法則に則った結果

 

生まれたことが良く解ります。

 

 

今回は細かいことは省きますが、 

(いずれシリーズもので触れていきます) 

 

生命体が誕生して、 

地球上のあらゆる環境や諸条件に適応しつつ、

 

ゆくゆくは人類が出現してくるわけですから、

 

つくづく不思議な現象だなーと感嘆せざるを得ません。

 

 

余りにも偶然と奇跡が重なったとはいえ、 

宇宙の自然の法則に則った結果であるのですから。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

<その三> 

 

さて、 

12時間の地球時間時計に話を戻しますと、 

 

地球上に出現した生命体は 

 4時から5時の時間帯に

 

 存在しているようです。

 

 

この4時から5時の間の時間帯に 

 人類が出現するわけですが、

 

 

地球時間にすれば

 人類はわずか千分の1秒しか

 

 存在していません。

 

 

その後の地球はどうなるかというと、

 

地球の地下深くにある

 マントルの動きによって、

 

 地表の地殻変動は常に起こっているようで、

 

 

アフリカ大陸は北へ向けて地殻が移動し、

 ヨーロッパ大陸の下へ潜り込みます。

 

 この過程で、アフリカ大陸は大小幾つかに分裂し、

 

 

一方、ヨーロッパ大陸は

 上に持ち上げられ山岳を形成します。

 

 

今のヨーロッパ・アルプスが

 その前兆を示しているようですね。

 

 

今から1億年後には、

 

地中海はなくなっていて、

 既に山脈地帯となっていると予想されていますし、

 

 

アメリカのニューオリンズは

 地下に沈み込み、

 

 結果として後世に化石となって残される

 

 可能性があるのかもしれないとのことです。

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

<その四>

  

東京はというと、

 

地殻変動によって地表は持ち上げられ、

 都市は消滅して

 

 

遺跡としても残る可能性の極めて低い運命にあるようです。

 

また、

 

南極大陸やオーストラリアの地殻は

 北方向に移動していて、

 

 

いずれアジア大陸に衝突してしまいます。

 

地球全体の大陸の動きで見ますと、

 

ざっくり言って

 

アメリカ大陸あたりに

 すべての大陸がくっついていく

 

 

というイメージで、

 地球上の陸地は一つの大きな塊

 

 となってしまうと予測されています。

 

 

まるで、

 

地球の誕生から大陸が生まれた初期の地球の頃に

 戻っていくような印象があり、

 

 

私はここにも地球としての寿命というか

 生者必滅という自然の法則を感じてしまいます。

 

 

未来は、

 

こうして地球上に人類は消滅して、

 バクテリア等の生命体のみが

 

 生存できる地球環境となっていき、

 

 

最後は地球自身も崩壊することになってしまいます。

 

そしてそれは約120億年後

地球の寿命が尽きる時です。

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ヨーロッパ・アルプスの山岳風景写真

南ドイツに住む友人から送られてきた最近の山岳風景写真を一部掲載します。
これらの風景写真は、まだまだありますので、今後HPの新着記事を掲載する際にアップしていきます。
お楽しみに。

画像1は
オーストリアVorahrberg州Lechtalの山岳風景です。

画像2は
オーストリアSchrunzの山小屋です。
この山小屋は標高2308mのところにあります。
山小屋のゲレンデからは約1700m眼下に望むSchrunzの町が見えるのですが、
その写真はいずれアップします。


画像3は
7月のBrandner渓谷です。
友人はご夫妻で高山トレッキングを楽しんでいるようで、山の魅力に憑りつかれたとのこと。
「峻烈な山の姿を眺めていると気持ちが洗われます。」とも言っています。

ヨーロッパ・アルプスの山々は何度か訪れたことがありますが、
私も大好きで気に入っています。

画像4は
マジョルカ島cara Romanticaの海岸風景です。

海も開放感があっていいですね。
アルプスの山岳風景とマジョルカ島の海岸風景
お楽しみ頂けましたか。

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外国人のビザを専門とする萩原行政書士事務所です。
日本大使館のビザ発給責任者でした。
◎ビザ、在留、帰化、外国人雇用
◎日々の暮らしやビジネスのお困りごと相談

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