自由が丘の行政書士が教えるビザ!萩原行政書士事務所

インド編

戦国時代の人口、日本は増・外国は減

戦国時代の人口について書かれたネット記事をみつけ、

興味があったので、一寸目を通してみました。

 

<ネット記事の出典:

戦国時代の人口について調べてみた―草の実堂>

 

今日はその読後感想を交えて紹介したいと思います。

 

ネットの記事では、

 

「戦国時代って戦ばかりやって民がたくさん死んだ悲惨な時代じゃないの?」

戦国時代付近の推定人口を調べてみたところ、1450年代で950万~1000万人だったのが、1600年ごろにはなんと1400万人~1700万人に増えているではありませんか? これは驚きです。ちなみにお隣中国に戦国時代とされる三国志の時代の人口も調べてみると、こちらは157年【後漢の時代】には5600万人いたのが、220年頃の三国時代には818万人と7分の1に減少していますし、フランスやイギリスでも百年戦争の時代には戦争や疫病の流行で、人口が3分の1になっています。

日本において戦国時代人口が増えた理由

致死性感染症が流行らなかった
農業技術の向上
農民・商人の社会進出が可能

日本の戦の独特の形態

世界の戦争を見てみると、たいていの場合他国に侵攻しその国の人を皆殺しにするか、相手君主を殺し、その国の民は奴隷にすることなどで戦が終結しますが、日本の場合は大将が首を取られるか、相手に対し服従の意を示した時点で戦は終わります。

なぜこういう戦ができたかというと、戦に宗教上の対立や民族間の対立が無かったため、明確に根絶やしなどというような発想にならなかったのではないかと言われています。

このように一般庶民目線から戦国時代という時代を見てきたのですが、いかにも日本らしいなという感じがいたします。

筆者の読後感想

戦国時代の人口推移について、日本では増加したのに諸外国では減少している事実。

日本との違いはどこにあるのか、

その点について、私は個人的な趣味である将棋というゲームを通じて感じたことを記事にしています。

萩原行政書士事務所のHPに当該記事を掲載していますので、ここに一部抜粋してご案内しておきます。

 

◎将棋のルーツ(8)

西洋のチェスはこうした背景の中で

少しづつ現在の形を整えてきました。

皆さん想像してみてください。

 

隣人同士の紛争ごとで常に緊張状態にある時に、

いざ戦い・実力行使となった時には、

積年の恨みつらみが重なって

悲惨な結果となるまで戦い続けるのではないでしょうか。

 

そのうえ相手が話す言葉や肌の色が違うお隣さんで

ゴミ出しのルールや町内会のしきたり、

日常のマナーを無視して真夜中に大声をあげて歌ったり踊ったりされては

ご近所迷惑というものです。

 

こうした人種や文化の違いが根底にあり

相手との激しい違和感を感じている状態で、

いざ戦争となった時には、どうでしょう。

 

勝った方は負けた方に対して何をするかわかりません。

奴隷として生かして利用するか、

いっそのこと殺してしまうか、

ということになりがちな気がします。

 

特に象徴的なのは、

中世の時代のキリスト教社会による聖地奪還のための

十字軍派遣に起こったイスラム世界との戦争です。

 

人種・民族・宗教が異なった者同士の闘いですから、

それはそれは想像もしがたいほど悲惨な出来事が起こったことでしょう。

 

結局、こうした過去の歴史的な経緯や文化の違いを背景に

西洋のチェスは、

相手の駒を使えなくする

即ち殺してしまうということなのですが、

 

インドのチャトランガの根底にあるこの考え方には、

それ程違和感を感じることなく、

 

西洋のチェスは

このルールを受け入れたものと思われます。

 

◎将棋のルーツ(9)

前回からの続きです。

前回のお話では、西洋のチェスはどうして取った駒が使えないようになったのか、について触れてみました。

 

今回は、いよいよ日本の将棋について、どうして取った駒を使えるようにしたのかについて触れてみます。

 

日本将棋の相手からとった駒を使えるルールについて、

これは世界にも類例を見ないほど

日本固有の珍しいルールとなっています。

では何故そのような概念が生まれてきたのでしょう。

こちらも少々深堀して考えていきます。

 

この点については既に少し触れていますが、

礼に始まり礼に終わるという武士道の精神や

歴史的にも戦国時代に顕著であった

敵の大将首を取れば戦は勝ちとなって終わり、

という考え方にも表れているような気もします。

 

敵兵は生かして利用する。味方の兵力増強を図る。

殺してしまっては小さな島国の日本でのことですから、

兵がいなくなってしまうでしょうし、

同じ民族同士なので

兵としての再利用が極めて容易に実現しえた

という土壌があったからと考えられます。

 

こうした状況の中で日本の将棋は、

大将首を取る即ち将棋の駒でいう王将を詰ます

ということを最重要視して、

相手の駒は味方の駒として活用することにより、

兵力をさらに増強してより強力な軍事力を有する手段とすることを

選択したのではないでしょうか。

 

こうして日本固有のともいえる将棋のルールが

完成して行ったのではないかと

愚考していますが、皆さま如何お考えでしょうか。

 

最後までお付き合いいただき感謝申し上げます。

HPに詳細記事を掲載していますので、一度遊びがてらお立ち寄り頂ければ幸甚です。

世界よもやま話(インド編)将棋のルーツ

https://www.visahagiwara.com/cont7/25.html

***********************************************

152-0035 東京都目黒区自由が丘1-14-2-504

萩原行政書士事務所

行政書士 萩原伸一

Tel & Fax: 03-6421-1920

E-mail: visa.hagi@gmail.com

HP: https://www.visahagiwara.com

***********************************************

将棋のルーツ

◎将棋のルーツ(1) 

最近、中学生のプロ将棋棋士藤井聡太四段が史上初という29連勝を達成するという活躍で、将棋というゲームが世間の注目を集めています。

将棋ファンの一人としては嬉しい限りで、将棋というゲームのすばらしさをもっともっと知ってもらえればと期待しています。

この知能を働かせるゲームは脳の刺激にもなりますし、勝つ喜びを味わえるというのも格別です。

何よりも大切だと思われるのは、礼に始まり礼に終わる日本文化の伝統的な精神や3手先を読む力、更には対戦相手が考慮中にじっと我慢して待つ忍耐力も少しづつ身についてくるように思います。

さてそろそろ、今日のテーマである「将棋のルーツ」についての話に入りましょう。

日本の将棋というゲーム、そのルーツはインドにありました。

古代インドのボードゲームでチャトランガと言われるゲームです。

チャトランガの駒は象・馬・車・歩兵などです。インドやバングラデシュ、ネパール一帯に生息するベンガルトラは強力な武器になるのではないかと思うのですが、戦力として利用するのは難しかったのでしょう。チャトランガのゲームには入っていませんが、実際の戦場では使われていたかもしれません。

ゲームのルールは、駒は取り捨てで、日本の将棋とは違い持ち駒の概念はありません。でも王様を取られたら負けとなります。

今日はここまでにします。

続編をお楽しみに

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
◎将棋のルーツ(2) 

古来、世界のなかで陸上の戦に強い国は、インド、ロシア、中国ともいわれます。

その理由として共通する点は、とてつもなく広大な大陸の国であるということが挙げられるでしょう。

局地戦で負けても大陸の奥へ奥へと逃げることができ、相手の軍隊は補給線が伸び過ぎて無理に前進するのは危険で困難となります。

ナポレオンのロシア遠征失敗やナチスドイツのヒトラーによる対ロシア戦争の挫折、我々に馴染みのあるのは先の大戦中の日中戦線でこの時も日本軍は中国の沿岸一帯にしか進出していないといっても過言ではありません。

敗走は必ずしも弱いからということではなく、戦術の一つであったということのようです。確かにロシアも中国も陸軍は強かったようですから。局地戦の負けは武器や指揮命令の総合的な武力の面での結果とみてひとまず退却する、また出直して来ればよい、次にやり直せばよいというように敗走を厭わない考え方が広大な大陸を背景とした戦いの概念として息づいているのでしょう。

この概念は、限られた領土の島国で局地戦とはいえ陸上では一度負けたら後がない、次が期待できない日本にはとても受け入れられない基本的な考え方の相違かとも思われます。

陸の軍隊に比べ、周辺を海に囲まれた国は、海軍が強いようです。

そう単純に、また、簡単に言い切れるものでもありませんけれども、少なくともそうした時代はありました。

ではどこの国かということになりますが、アメリカやイギリス・日本といった国が挙げられ

るのではないでしょうか。でも今はどうでしょうか。不勉強にして詳しくは良く解りません。

今回はここまでにします。

続編をお楽しみに。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
将棋のルーツ(3) 

さて、お話しは続きます。

インドの軍隊は象・馬・戦車・ベンガルトラ(?)を戦力としていたでしょう。

でもこれらの戦力は陸上で力を発揮するものです。海上では使えません。

古代インドの叙事詩ラーマーヤナの物語。インドのシーター姫を攫ってランカー島(今日のスリランカと言われている)に逃げたランカー王。この王を追ってインドのラーマ王子が海を越えようとしますがランカー王の率いる海軍に苦戦します。インドは陸軍が強いのですが、ランカー王のいるランカー島は海軍が強いのです。どうにかランカー島にわたって空を飛ぶ猿のハヌマーンらを使って敵をせん滅し、姫を取り戻すというお話があります。

ラーマーヤナのこの物語、空を飛ぶ猿のハヌマーンは中国の孫悟空、日本では猿・キジ・犬を連れて鬼ヶ島の鬼退治をした桃太郎伝説のもとにもなったのではないでしょうか。

昨今、北朝鮮の大陸間弾道ミサイルに見られるような核兵器を搭載することのできる武器を使用する現代戦では、最早、陸軍だとか海軍だとかいうような状況ではないようです。果たしてどのような戦略的概念が生まれてくるのでしょうか。戦争はまっぴらごめんですが。

そもそも古代インドの軍隊は、象・馬・戦車・将・歩兵を戦力としていました。

戦には金・銀・財宝といった軍資金も必要です。

そのうえ、強力な武器と緻密な戦略がなければ到底勝つことは望めません。

これらのすべての要素が、日本の将棋の淵源となっていったのです。

インドのチャトランガは、東にわたり中国(象棋)・朝鮮半島を経て日本に伝わり、日本で固有の将棋というゲームを生み出す源となりました。

一方、西に伝わったこのゲームは、アラビア地域を通って西洋まで伝わり、チェスとなりました。

今日はここまで。

次の続編は、「日本の将棋と西洋のチェスの違い」について、考えてみます。

更に、その後の続編では、相手からとった駒を再使用する将棋の考え方は戦時の捕虜虐待ではないか、いやいや取った駒を抹殺してしまうチェスこそ生かすのではなく殺人であり残虐である、等々について東洋と西洋の風土・伝統・文化の違いから生まれる相違点について触れていきたいと思います。

 -----------------------------------------

◎将棋のルーツ(4) 

「日本の将棋と西洋のチェスの違い」

インドのチャトランガをルーツとする日本の将棋と西洋のチェス。

日本の将棋は、はるばるインドから東へ東へと渡ってくるうちに大きな変化を遂げ、日本の歴史・風土・伝統・文化を取り入れて日本固有のゲームとなりました。

西洋のチェスも同様にその地域の歴史・風土・伝統・文化に影響を受けて少しづつ変化を起こしていますが、劇的な変化を生じているようには思いません。

ではここで将棋とチェスの違いについて、気づいた点をいくつか挙げてみましょう。

①将棋の駒の形:GHQの指摘によれば、先の尖った六角形の将棋の駒は、敵に向かっているイメージがあり、碁石の丸い形に比べて先鋭的で好戦的である。

②チェスはクイーン(女性)がいて、このクイーンが駒の中で最強の力を持っている。

将棋は女性と特定できる駒はなく、古来、戦場は男の戦いの場と考えられてきている。

③チェスは取った駒は使えないが、将棋は相手からとった駒は再使用できる。

次に、これらの違いの特徴について、どうしてこのような違いが生じたのか、大きな相違となった要素にはそれぞれの地域における歴史・風土・伝統・文化が影響していることは容易に想像できると思いますが、その点について少し考えてみたいと思います。

①六角形の将棋の駒の形について

中国・朝鮮半島を経て伝わった仏教や儒学、戦国時代から江戸時代にかけて禅や茶の湯を通じて培われた武士道の精神。これらは将棋のルール・概念を日本固有のものとして作り上げ大きな影響を与えた要素として挙げられるでしょう。

先鋭的で好戦的であると戦後日本の占領下にあったGHQからも見られたようですが、島国日本の地形的な構造からも滲み出てくる撤退拒否の概念もその一つでしょう。

陸上の局地戦で負けたら逃げることのできる広い国土がない。自決か玉砕の道を選んでしまう。神風特攻隊のように。

この神風特攻隊戦法の精神には、戦果重視のあまり操縦士を武士と見立てて自決・玉砕を求めた考え方がありそうです。一人一人の兵の命を大切にするという考え方が基本的に抜け落ちています。欧米の世界では兵の命を守るという概念が先行し、戦闘機も分厚い鉄壁に囲まれた重装備となっているのに比べて、日本のゼロ戦は機能や戦闘力を重視し操縦士を守ることを忘れたかのような軽装備でした。

今回はここまで

次の続編は「②チェスのクイーンと将棋の駒について」から始めます。

-----------------------------------

将棋のルーツ(5) 

今日は②から始めます。 

②チェスのクイーンと将棋の駒について 

チェスのクイーンはもちろん女性で、

その動きは将棋の飛車と角を足したような機能を持つ駒で、

チェスの駒の中では最強かつ最大の動きができます。

勿論、ゲームの中ではクイーンの働きが

勝敗を分ける最も大事な要素となります。

このクイーンは、今日の欧米社会にみられる

レディー・ファーストの象徴的な駒と

言えるのかもしれません。

でも、何十年も前の個人的な話で恐縮ですが、

レディー・ファーストの国であるアメリカのNYでこの目にしたのは、

現実は想像していたのとは少々違っていたということでした。

マンハッタンに住む白人の重役たちは、

取引先との仕事飯を朝と昼の間の時間にブランチとしてやりますし、

夜は遅くまで仕事で帰宅できません。

働き者と言われた日本人よりも遅くまでエネルギッシュに動いていました。

当然、奥様は深夜まで一人ぼっちで、

家庭生活は破綻し、

離婚率は高かったように思います。

当時からアメリカの女性は、女性である前に一人の人間としての人権や自己の尊厳を大切に感じていたのでしょうね。

また、多くのお金持ちは、男性が財布のひもを握っていて

奥様に任せるようなことはしていません。

今思うと、管理する財産が膨大であることや

当時の銀行は夫婦の共同口座を認めていませんでしたから、

夫である男性としてはそうせざるをえなかったのかもしれません。

日本はというと、

皆さんご存知のように、

お財布のひもは一般的には奥様が握っています。

帰宅が深夜に及んでもそれで離婚とはならないでしょう。

耐えることが日本女性の美徳ともいえる

ある意味社会的にも制約のある時代でもありましたから。

最近はどうなっているのか、

世情に疎いので

はっきりとは申し上げられない状態ですが。

どうなのでしょう。

いずれにしても、車やエスカレーターに乗るとき

男性は女性をエスコートして先に乗せるという

レディー・ファーストの国のマナーも、

その生活の実態は相当に違っていたようです。

チェスのクイーンのお話から少し余談となってしまいました。

以上がクイーンについての雑感です。

ところで一番大事な王様(チェスのキングと将棋の王将)

についてはどうでしょうか。

王様は生き残ることがゲームにおける最善の道で、

この点はチェスも将棋も同じということができるでしょう。

これだけを見ると男性としては

何故かやるせない気分になってしまいます。

今日はここまでにします。

次回をお楽しみに

またお会いしましょう。

 -------------------------------------------------

 ◎将棋のルーツ(6)

前回は西洋のチェスについて、 

クイーンに係わるよもやま話に触れました。 

NYで経験したレディーファーストの実体験をもとにした印象にも触れたため、

随分と話が余談ばかりとなってしまったかもしれません。

 

ここで、もう一つ恐縮ですが、

今度は、ドイツのベルリンでのお話です。

ベルリンに住んでいた頃、

ドイツ人の将棋の仲間を見つけました。

その時は、それはそれは嬉しかったのを

今でもはっきりと覚えています。

 

将棋を知っているドイツ人の友は

年齢でいうと壮年世代の男性ばかり。

私のベルリン在住は、

1989年にベルリンの壁が崩壊し、

1990年に東西ドイツが統一されてから

まだ十五年ほどしか経っていない時期でしたので、

将棋の友はほとんどが東ドイツ出身の壮年男性でした。

何故かは良く解りません。

 

ドイツの将棋ファンは、

大都市のフランクフルトやデュッセルドルフにもいたようで

昔は欧州チャンピオンもいたとのことです。

実力の程はというと、

23級から初段程度で

皆さん将棋を楽しんでいました。

私はもう少し強かったので、ドイツの友の間では

先生みたいな感じになっていました。

毎週一回、夜にベルリンのブランデンブルグ門近くにある

森鴎外記念館の一室に集まって将棋を指していました。

私自身の勝ち負けの結果については、

余りこだわらずに、時々緩めて将棋を指すという程度にしていました。

というのも、いつも真剣勝負をして勝ってばかりでは

突然やってきた日本人のよそ者が

出過ぎたことをしてしまってはいけないという

雰囲気も感じたので。

 

そんなこともあって
時々緩めて将棋を指していたりもしましたが、

私に勝った時の相手の喜びようを見ると、

その辺は一目瞭然でした。

これでいいのかもしれないとは感じていましたが、

ちょっと複雑な気持ちにはなります。

というのも彼らの喜んでいる姿にはある意味ホッとしてはいるのですが、
正直いって、負けるのは悔しいですからね。

また、チェスと将棋の違い・考え方、などなど色々と議論をして、

将棋を通じて彼らのことを理解したかったのですけれども、

ドイツ語という言葉の壁もあって、

充分に意思の疎通を図るというにはほど遠いお付き合いでした。

でも、相手とゲームをする、将棋を指すという点では、

ドイツ語はできなくても支障はありません。

 

音楽やスポーツもそうであるように、

共通のルールでお互い楽しむことができますもの。

今日はここまでにします。

次回は、③チェスと将棋のルールの最大の違い、「駒の再使用」について

触れて行こうと思います。

お楽しみに

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ◎将棋のルーツ(7)

今日は③から始めようと思います。 

早速ですがスタートです。

③チェスのとった駒は使えないと将棋の駒の再使用について

これこそがチェスと将棋というボードゲームにおけるルールの最大の違いです。

西洋のチェスはどうして駒は使えないのでしょうか。

古代インドのチャトランガもそうであったから、とも言えますが、もう少し深堀してみましょう。

大陸ヨーロッパをよく見てみると、

地形的に欧州大陸には多くの国々が存在し、

歴史的にも隣国同士が領土紛争を繰り返して

常に緊張状態にあります。

EUとして統一されてからも

EUから離脱し独立したいと願う国もあります。

 

地形・歴史のほかにも人種や民族はどうでしょう。

ヨーロッパのそれぞれの国は、

多種多様な人種や異民族の混在した状態の国家で成り立っています。

ゲルマン民族を中心としたドイツ、

ラテン系のフランス、

スラブ民族中心のロシア、

バイキングで知られる北欧の国家、

 

チトー時代の旧ユーゴスラビアは

一つの連邦国家・二つの文字・三つの宗教・

四つの言語・五つの民族・六つの共和国・

七つの国境からなり、

多様性を内包したヨーロッパを象徴する代表的な国家でした。

 

ヨーロッパの国々に住んでいる人々は、

日本みたいに単一人種・民族の国家ではないのです。

今日はここまでにします。
次回をお楽しみに。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎将棋のルーツ(8)

前回は、チェスと将棋の最大の違い
とった駒は使えないチェスと駒の再使用が可能な将棋について、

まずは、チェスのルールの基本的な概念となったであろう背景を
知るために

ヨーロッパとはどんな所か

その歴史や地勢、人種・民族が多様性を内包しているという側面に
焦点を当てて少々触れてみました。

今回はその③の続きとなります。
では早速始めましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー

西洋のチェスはこうした背景の中で 

少しづつ現在の形を整えてきました。 

皆さん想像してみてください。

 

隣人同士の紛争ごとで常に緊張状態にある時に、

いざ実力行使・争いとなった時には、

積年の恨みつらみが重なって

悲惨な結果となるまで戦い続けるのではないでしょうか。

そのうえ相手が話す言葉や肌の色が違うお隣さんで

ゴミ出しのルールや町内会のしきたり、

日常のマナーを無視して真夜中に大声をあげて歌ったり踊ったりされては

ご近所迷惑というものです。

 

こうした人種や文化の違いが根底にあり

相手との激しい違和感を感じている状態で、

いざ戦争となった時には、どうでしょう。

勝った方は負けた方に対して何をするかわかりません。

奴隷として生かして利用するか、

いっそのこと殺してしまうか、

ということになりがちな気がします。

 

特に象徴的なのは、

中世の時代のキリスト教社会による聖地奪還のための

十字軍派遣に起こったイスラム世界との戦闘です。

人種・民族・宗教が異なった者同士の闘いですから、

それはそれは想像もしがたいほど悲惨な出来事が起こったことでしょう。

 

結局、こうした過去の歴史的な経緯や文化の違いを背景に

西洋のチェスは、
相手の駒を使えなくする

即ち殺してしまうという結論に至ったのではないかと
愚考するのですが、

 

インドのチャトランガの根底にあるこの考え方には、

それ程違和感を感じることなく、

西洋のチェスというゲームも

このルールを受け入れたものと思われます。

今日はここまで

次回は、将棋のルーツ(9)をお送りする予定です。
ではまた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎将棋のルーツ(9) 

前回からの続きです。 

前回のお話では、西洋のチェスはどうして取った駒が使えないようになったのか、について触れてみました。

今回は、いよいよ日本の将棋について、どうして取った駒を使えるようにしたのかについて触れてみます。

 

日本将棋の相手からとった駒を使えるルールについて、

これは世界にも類例を見ないほど

日本固有の珍しいルールとなっています。

では何故そのような概念が生まれてきたのでしょう。

こちらも少々深堀して考えていきます。

 

この点については既に少し触れていますが、

礼に始まり礼に終わるという武士道の精神や

歴史的にも戦国時代に顕著であった

敵の大将首を取れば戦は勝ちとなって終わり、

という考え方にも表れているような気もします。

 

敵兵は生かして利用する。味方の兵力増強を図る。

殺してしまっては小さな島国の日本でのことですから、

兵がいなくなってしまうでしょうし、

同じ民族同士なので

兵としての再利用が極めて容易に実現しえた

という土壌があったからと考えられます。

 

こうした状況の中で日本の将棋は、

大将首を取る即ち将棋の駒でいう王将を詰ます

ということを最重要視して、

相手の駒は味方の駒として活用することにより、

兵力をさらに増強してより強力な軍事力を有する手段とすることを

選択したのではないでしょうか。

 

こうして日本固有のともいえる将棋のルールが

完成して行ったのではないかと

愚考していますが、皆さま如何お考えでしょうか。

 

今回はここまで

次回は、「GHQvs名人升田幸三」というテーマで、

終戦直後の日本の占領軍GHQによる

将棋廃止論に対し

升田幸三がどのように反論したのかについて、

触れてみたいと思います。

-----------------------------------
◎将棋のルーツ(10) 

「GHQvs名人升田幸三」 

①太平洋戦争終了後、日本にやってきたアメリカを中心とした占領軍。

マッカーサー率いるGHQは、アメリカの世界戦略を日本で推し進めようとします。

 

アメリカにとって有益となる日本の地勢上から見る軍事的役割を期待したその戦略とは、

ソ連を中心とする共産主義勢力に対抗できる浮沈艦として、

日本をアメリカの防衛線としての前線基地とすることでした。

 

そのために日本には再軍備させ強力な防衛線を張るという考え方もありましたが、

その政策は採用されませんでした。

 

どうして日本に再軍備をさせなかったのか。

旧日本軍と日本兵の強靭な抵抗力に再軍備させたら何が起こるか分からない

といった警戒心を強く持っていたことも

その理由の一つと思われます。

最終的には、沖縄を中心に日本各地に在日米軍基地を設けるという方法をとり、

アメリカの傘の下で日本に再軍備をさせず、必要な経費は日本側に負担させて、

軍事力は米軍によって充当する

というのが結論で、結果的に日本の再軍備への道は回避されました。

 

GHQは日本占領のための内政についても種々検討を重ねています。

先ず、本国から専門家を呼び寄せて日本人の国民性・思想・哲学・歴史・経済・教育・文化等広い分野に及び研究・調査がなされました。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎将棋のルーツ(11) 

 
②日本文化を担当したGHQの係官は、この関連で日本の将棋に注目します。

GHQ係官が、何故関心を示したかというと、 

これまでにも触れてきたように、将棋の駒の形が先鋭的で好戦的であるとの印象を持ったこと。 

よくよく調査・分析してみると、係官にとっては

この先鋭的・好戦的との見方は、

これこそが旧日本軍の神風特攻隊や

武士道からくる自決・玉砕につながると理解したことの

一つの要素ともなっていたでしょう。

ある意味独りよがりの勝手読みかも知れませんが、

何とはなくGHQにより指摘されるような側面があることは、

解らないでもないです。

 

GHQ係官は、将棋というゲームの中に日本古来の伝統文化が根付いていて、この考え方・思想が旧日本軍の戦略決定に大きく影響したのではないかと推測しました。

 

丸い碁石と比べると確かにそのように感じる人がいるかもしれません。

更に、将棋のルールが取った駒を使用できる

という点については、

チェスに馴染みのある欧米人から見ると、

大変な驚きであったでしょう。

 

これは戦時中の捕虜の扱いを規定した協定に違反する。

 

人命を大切にする欧米人にとっては

捕虜を酷使することは

大変な虐待であり人権を侵害する思想とみられ、

その要因に将棋が影響したのではないかと考えた。

 

捕虜虐待となるのかどうか、

異文化の違いから生じた誤解とは言え、

GHQ係官は、ある意味欧米人としては自然の反応を示した、ともいえるでしょう。

 

これらの事由からGHQ係官は、

日本将棋は廃止すべきであるとの撤廃論を

提唱するようになりました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
◎将棋のルーツ(12)

GHQ指導部内での議論で起こったこの考え方は、 

早速、日本将棋の廃止決定ということにはなりませんでした。 

 

まずは、当事者である日本の将棋関係者からの意見を聞いてみよう

ということになったようです。

 

この辺りは彼らの器量の大きさを感じさせます。

私なら、GHQの強権力でもって命令書を発布して

ハイ終わり

という風に対処しそうな気がします。

皆さんはどうですか。

 

③日本側の反応

GHQから日本将棋廃止論の情報を得て、政府関係者は内心目をぱちくり、

意外な展開に驚いたのではないでしょうか。

なにはともかく、将棋関係者がGHQ本部を訪ねるように、

連絡して一段落。

 

当時の将棋関係者、今の日本将棋連盟のかっての組織関係者では

寝耳に水で、一体どうして将棋は廃止なのか、

大騒ぎになったでしょうね。

 

GHQに行ったら、

どんなひどいことを言われるのか。

生きて帰ってこられないのではないか。

 

そのような状況で、

何よりも、誰をGHQに派遣するか早々に決めなくてはなりません。

そうこうしているうちに、どうにかこうにか

升田幸三しかないということで、

派遣する者を決定しました。

 ------------------------------------------

◎将棋のルーツ(13) 

このシリーズは(13)に入って、将棋を知る人ならご存知と思われますが、将棋ファンに大変な人気のあったかの有名な升田幸三が出てきます。 

前回までのお話は、
GHQに呼び出された将棋団体の代表として、升田幸三が派遣されることになったわけですが、はてさてどのようなことになったのか、今回からはその続きです。 

④升田幸三の登場 

升田幸三は、広島出身で、少年時代に学用品の長さ30cmの木製物差しに「名人に香車を引いて勝つ」と一言書き残して家出し、大阪に単身出て行った逸話があります。

将棋のプロ棋士になった当時から「新手一生」を目指し全く新しい戦法を開拓し、

そののち、将棋の名人にもなった升田幸三は、

将棋ファンに大変な人気のあった棋士でした。

 

話は飛びますが、升田幸三で思い出したことがあります。
何かというと、

むかし、私が二枚落ち(上手が飛車と角を落とすハンデ戦)で指導将棋を教えてもらった

日本将棋連盟の会長を歴任された米長元名人の結婚当時のお話です。

 

米長さんと婚約する段になって、後に奥さんとなるお嬢さんの父親が升田幸三を訪ね、

「米長とはどんな男か、将来有望か」尋ねたそうですが、

 

升田幸三いわく、「これからの将棋界の宝だ」

「これから上も下も食わせてもらうことになる」

「いやなら帰れ」

と言って追い返したそうです。

私にとっては、升田さん、米長さん、

二人とも人間味のある男っぽさを感じさせる天才的な将棋棋士であると思えます。

いよいよその升田幸三が将棋連盟を代表してGHQに乗り込みます。

将棋廃止論を検討しているGHQと升田幸三とのやり取りは、欧米の文化とアジアの文化の衝突みたいな議論になりました。

インドのチャトランガというゲームに端を発する同じボードゲームとして親しまれてきた
ヨーロッパのチェスと日本の将棋は似たようなゲームで、兄弟ともいえますが、
チェスはヨーロッパ文化の一つになっていますし、将棋も日本文化の一つです。

東西に分かれた兄弟のようなボードゲームが、
どうして日本の将棋だけ廃止という理屈になるのか、

欧米人にとって廃止は、自然な帰結にように見えましたが、
日本人の将棋愛好家にとっては、全く納得がいきません。

とはいってもGHQの関係者を説得して理解してもらわなければ、
結局、日本将棋は廃止ということになってしまいます。

升田幸三氏は、
一体どのようなやり取りをしたのでしょうか?
楽しみです。

今日はここまで
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
◎将棋のルーツ(14) 

GHQの係官による将棋廃止論に対して、 

升田幸三はどのように反論していったのでしょうか。 

以下にその反論の骨子をまとめてみました。 

 <<将棋の駒の形について>>

将棋の駒は先鋭的で好戦的である、のかどうか。

対戦相手に向かって尖っているのは、

戦というゲームであるからで、対面していることが肝心。

(個人的には、尖っていなくても先は丸くても良いと思う)

ボードゲームではあるが、勝負を争う以上

闘いのモードになるのは当然である。

<<チェスのクイーンについて>>

チェスにはクイーンがいて最強・最大の力を持っているが、

日本の将棋には、女性と特定できる駒はない。

(将棋の駒は、王将・金将・銀将・桂馬・香車・飛車・角・歩の8種類。

金・銀・桂・香は軍資金であり、飛・角・歩は軍事力と考えられる)

古来、戦場は男の戦いの場所であると認識している。

<<将棋の駒の再使用について>>

チェスでは相手からとった駒は使えないのに対して、

将棋のルールでは取った駒を使用できる

という点については、

チェスに馴染みのある欧米人から見ると、

極めて理不尽で大変な驚きであったでしょう。

これは彼らから見れば、戦時中の捕虜の扱いを規定した協定に違反する考え方で、

人命を大切にする欧米人にとっては

捕虜を酷使することは

大変な虐待であり人権を侵害する思想とみられ、

その要因に将棋が影響したのではないかと考えたのも無理からぬことでした。 

捕虜虐待となるのかどうか、 

異文化の違いから生じた誤解とは言え、 

GHQ係官は、ある意味欧米人としては自然の反応を示した、ともいえるでしょう。

---------------------------------------------

◎将棋のルーツ(15) 

升田幸三の反論は、ここで最高潮に達したようです。 

駒の再使用すなわち捕虜の利用は、

協定の定めるルールの範囲で

人道的な側面等から見て捕虜の取り扱いに関するルール上の問題がなければ

協定違反とはならない。

捕虜の酷使は程度と認識の問題で、

少なくとも日本の将棋のルールが、そもそも捕虜の虐待かというと

否である。

西洋のチェスこそ取った相手の駒を二度と使わない、

すなわち敵を生かすのではなく殺してしまう。

このルール・考え方こそ捕虜虐待につながり、

残虐な行為であると断言できる。

こうしたやり取りがあって、

升田幸三はGHQ係官を完璧に論破した結果、

GHQ内部における将棋廃止論は消滅したともいわれています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎将棋のルーツ(16)

このシリーズもいよいよ最終盤の局面になりました。 

シリーズの最後は、日本将棋の独創的な「駒の再使用」と「インドから日本への伝播ルート」について今一度触れておきたいと思います。 

まずは、「駒の再使用」について、私も大好きな東京生まれの江戸っ子気質を持つ今は亡き大内九段の著書「将棋の世界」からその部分の概略をご案内します。 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

【  「駒の再使用」ルールはいつごろから生まれたか、私には南北朝時代(1336~92)ごろの社会構造の変化、武家階級の意識の変化がポイントだと思われてならない。・・・・我が家の存続を維持するためには、常に強い武将に寄り添うのが、当時は当たり前のことだった。主君が滅びれば、昨日の敵だった武将のもとに馳せ参じる。一方、武将も敗残兵をあまり殺さず、できる限り味方に引き入れるよう努力した。それによりさらに勢力を蓄えていく。「二君にまみえず」といった封建社会の道徳は、ずっと後代になってからのモラルである。

その思考形態は戦国時代になればもっと熾烈になる。

すなわち、「合戦」という名の同民族同士の闘いしかなかったわが国固有の歴史が、「駒の再使用」という独特のルールを生み出したといえないだろうか。

諸外国のゲームは、異民族との抗争、あるいは宗教戦争に明け暮れた歴史の影響をもろに受けて、敵味方を画然と色分けし、「取り捨て」の論理を押し通してきたことは容易に推察できる。  】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

以上が大内九段の本に書かれている概要でした。 

今日はここまでにします。 

次回の第17話は、このシリーズの最終回です。 

最終話も、引き続き大内九段本を参考にしてご案内しています。

―――――――――――――――――――――――――――――
 

 ◎将棋のルーツ(17)

最後に、「インドから日本への伝播ルート」について、大内著「将棋の世界」から引き続き概略部分をご案内します。 

 

【  この将棋というゲームがどこから伝えられてきたのか・・・ 

一般的に考えられる中国、韓国経由に疑問が多くあったからである。それは、中国将棋があまりにも日本の現行将棋と性格を異にしていることに起因している。

中国将棋には以下のような決定的な相違点があるのである。

一 駒の形が円形である。

二 敵味方は駒の文字色で区別されている。

三 駒の種類の中にパオ(火に包む、と書く)という強力な飛び道具がある。

四 馬にくつわをはめるといった、駒の動きを制限するルールがある。

五 兵卒の駒が五個一目おきに並べられる。

六 盤には「河」と「砦」という境界がある。

七 象の駒は河を渡れず、将と士は九宮(砦)を出られない。

八 駒は盤上の線と線の交叉する点(目)に置かれる。

 

(一方、タイ将棋について)私が得た情報によると、(タイ将棋の)マーク・ルックと日本将棋との共通点はだいたい次のようなものだった。

(1)駒の配置が同じ。歩兵は自陣三段目に並べられ、王の列は最後列。

(2)銀と同じ働きの駒がある。

(3)歩兵が敵陣に入ると、将になる。

(4)駒を升目の中に置く。

(1)と(4)はまさに日本将棋の原型を見るようであり、(3)はルールの源泉のような気がしてならない。しかも(2)が重要である。この銀のナナメ後ろに引くという駒の働きは、私の取材ではこのマーク・ルックにしか見出すことができなったからだ。

私はこの四点の特徴だけでも十分に日本将棋の匂いを感じたものだが、・・・

将棋のルーツ(17:最終話)は別の項目として下記にアップしました。

ボンベイ(現在のムンバイ)

古代文明時代の商取引
昔、私がインドのボンベイ(現在のムンバイ)に数年間滞在していた時のこと、博物館で古代文明時代のインダス人とメソポタミア人が商取引を通じて交流していた歴史があった記録について展示しているのを発見。当時は商取引の保証として、粘土板かパピルスみたいなものに商取引の内容を記し、最後の署名捺印のところに溶かした蝋を少量流し込み、溶けてやわらかい状態の蝋にそれぞれの代表者の印章を刻印したものを交換していたようです。確か映画のベンハーだったでしょうか、ローマ兵の将官が指輪にして着けていた印章を自分が勝つとの賭けを約した書き付けに押印していたシーンがあったように思います。

アーメダバード

2016年11月11日、安倍首相はインドのモディ首相と官邸で会談、日印原子力協定に最終合意して署名式にも立ち会いました。
また、インド初の高速鉄道計画に関しムンバイとアーメダバード間(約500㎞)に新幹線方式を導入して2023年の開業を目指すことが明らかにされています。 

インドは3億人以上の人々が電気のない暮らしを強いられていて、政府は電力確保政策を優先的に推進していました。
インドに住んでいたある時、彼らの市場で安い現地の電球を買ったことがあります。見た目は同じでお店で一回点滅テストをしたうえで購入し、家に帰って部屋に取り付け数日したら電球が切れて使えなくなってしまいました。家のボーイに聞いたら数日しか持たないといわれて唖然としたことを覚えています。
日本ではありえないことですから。
 
アーメダバードには日本贔屓の親日派と言っても良い知人がいたこともあって、この町を訪れたことがあります。
到着日の昼に雲一つない青空の下、とあるレストランに案内され郷土料理の名物カレーを頂きました。いくつもの小皿に香辛料が一杯のっていて、メインはタンドリーチキン、パンはナンです。知人は気を使ってくれたのでしょう、ナイフとフォークを用意してくれましたが、私は普通に手を使って料理をいただきました。お店の広い庭先の木陰の下でのお食事でしたから気分も爽快で、お腹も一杯になって一寸うたた寝をしました。その光景は今でも忘れられません。インドの知人に感謝です。

将棋のルーツ(17)最終話

 

◎将棋のルーツ(17)

最後に、「インドから日本への伝播ルート」について、大内著「将棋の世界」から引き続き概略部分をご案内します。

 

【  この将棋というゲームがどこから伝えられてきたのか・・・

一般的に考えられる中国、韓国経由に疑問が多くあったからである。それは、中国将棋があまりにも日本の現行将棋と性格を異にしていることに起因している。

中国将棋には以下のような決定的な相違点があるのである。

一 駒の形が円形である。

二 敵味方は駒の文字色で区別されている。

三 駒の種類の中にパオ(火に包む、と書く)という強力な飛び道具がある。

四 馬にくつわをはめるといった、駒の動きを制限するルールがある。

五 兵卒の駒が五個一目おきに並べられる。

六 盤には「河」と「砦」という境界がある。

七 象の駒は河を渡れず、将と士は九宮(砦)を出られない。

八 駒は盤上の線と線の交叉する点(目)に置かれる。

 

(一方、タイ将棋について)私が得た情報によると、(タイ将棋の)マーク・ルックと日本将棋との共通点はだいたい次のようなものだった。

(1)駒の配置が同じ。歩兵は自陣三段目に並べられ、王の列は最後列。

(2)銀と同じ働きの駒がある。

(3)歩兵が敵陣に入ると、将になる。

(4)駒を升目の中に置く。

(1)と(4)はまさに日本将棋の原型を見るようであり、(3)はルールの源泉のような気がしてならない。しかも(2)が重要である。この銀のナナメ後ろに引くという駒の働きは、私の取材ではこのマーク・ルックにしか見出すことができなったからだ。

私はこの四点の特徴だけでも十分に日本将棋の匂いを感じたものだが、・・・

マーク・ルックには日本将棋と同じく「王の死」という概念がないことであった。

つまり、「詰み」がすべての終局であったのだ。さらにつけ加えるならば、他国の将棋では感じられなかった、ある種の郷愁といったものが、このマーク・ルックにはあったことだった。

(陸ルートのインドから中国へ、そして)中国将棋の伝播は韓国で途絶えたが、タイのマーク・ルックは(海上ルートである)この「海の道」を経て、渡って来たといえないだろうか。  】

 

 日本将棋のルーツは、中国・韓国経由ではなく、海の道である東南アジアを経て伝えられた、というお話でした。

<このシリーズものの参考となった図書は、以下の通りです。>

〇大内延介九段著「将棋の世界」(角川選書231)

(昭和16年東京生まれ、昭和29年故土井市太郎名誉名人門下となる。中大経 在学中に四段将棋棋士に。昭和62年棋王のタイトル獲得。)

〇大崎善生:NHK教育テレビ「こだわり人物伝 升田幸三 伝説の棋士」

(作家、1991年「将棋世界」編集長、2003年将棋の女流プロ高橋大和と結婚、2011NHK教育テレビで上記「升田幸三 伝説の棋士」のメインパーソナリティーを務める。)

〇日本将棋連盟「将棋の歴史」

〇その他:WEBサイトでの検索による情報

 
以上

これにて「将棋のルーツ」編の全17話は、完結となります。

 

今回「将棋のルーツ」編を書き起こすにあたって、初めは趣味である将棋について日頃から個人的に関心を持っていた事柄をあれこれ読み漁っていました。

 

そのうちに、将棋というゲームの背景にある日本独特の伝統文化や将棋というゲームのルーツに多少なりとも触れることができ、これらについてここにシリーズものとして一応まとめられたことを、自分なりに満足しています。

 

読者の皆様には、このシリーズについて、遠慮なくご意見やご感想をお寄せいただければと思います。

コメントお待ちしております。

 

ここまで長い間お付き合いいただきありがとうございました。

このシリーズの全編は、将棋のルーツ(1~16)と(17:最終話)に分けてホームページに掲載しています。

HPURLはこちらです。

https://www.visahagiwara.com/cont7/25.html

  

次の新しいシリーズ「明治維新? 歴史は勝者の物語!」をお楽しみに

ではまた

 

――――――――――――――――――――――――――――――

インドのカレー

(このページは準備中です。)


アメダバードでの話。

タンドリーチキン、チキンマサラ、ボンベイシーフードカレー、サモサ、プレーンナン

アルパコダ(ジャガイモの天ぷら)

チヤナマサラ(ヒョコ豆のスパイシーカレー)、サグプラウンカレー(ほうれん草とエビ入りカレー)





カレー
オクラとミニトマトのカレーライス

デカン高原の町プーナ

(このページは準備中です。)

遺跡エローラとアジャンタ

(このページは準備中です。)

CONTACT

外国人のビザを専門とする目黒区自由が丘の萩原行政書士事務所です。
日本大使館のビザ発給責任者でした。
◎ビザ、在留、帰化、外国人雇用
◎日々の暮らしやビジネスのお困りごと相談

ブログ更新情報

ブログを見る

携帯用QRコード

QRコード
携帯のバーコードリーダーでQRコードを読み取ることで、携帯版ホームページへアクセスできます。
PAGE TOP